朱雀はチャカを構える事無くテーブルをまわってこちらに
近付いてきた。
ケントを少し脇に退けさせると俺の膝に向かい合わせで
跨り、そのまま身を寄せてくる。
ケントを目で制したまま、俺は朱雀のするがままに任せた。
「黒神の昇龍、いえ、相模良哉さん。
僕を抱いてください。
いつもハルカさんを抱くようにして……」
チャカを持ったままの手で俺のネクタイを解き始める。
「ハルカさんが僕の物になった時、やはり出来るだけ
満足させてあげたいですからね。
その為には努力を惜しまないんですよ。
本当は貴方に抱かれるなんて不本意ですが、2年も
貴方と一緒にいればその抱かれ方が身について
いるでしょうから、そのほうが心地いいでしょう?
涙ぐましい僕の努力に答えてやろうとは思いませんか?」
「……随分と自分のテクに自信がないようだな?」
上着の前ボタンをはずし、Yシャツのボタンに手を掛け
始めた朱雀に言葉を返す。
朱雀はクスクス笑った。
「僕は完璧主義だと言ったでしょう?
ハルカさんの気持ちが最初から僕に向くとはさすがに
思っていません。
ですから仕方がなく貴方の真似をしてあげようと
思っているんですよ。
まぁそのうちに間違いなく僕に夢中にさせますけどね。」
「お前をヤれば、そんな努力も無駄に終わるがな。」
すると朱雀はまたクスクスと笑った。
「僕の勘と調べでは、貴方はハルカさんを悲しませる
ような事を何があってもしないはずです。
その程度にはハルカさんを愛しているでしょう?
だから貴方には僕を殺せない。
たとえ殺さなかったにしても、傷をつけただけだって
悲しむでしょうね。
何せ僕はハルカさんの大事な後輩ですから。
自分の恋人が後輩を殺したり傷つけたりすれば、
ハルカさんが悲しみ苦しむのは間違いありません。
それにサガミさんは医者というものをわかっていない。
中には汚れた医者もいますが、ハルカさんのように
真っ直ぐな人は、人の命を奪ったり傷を付けたりした
手で抱かれる事を拒むでしょう。
それから舎弟がこの距離で僕を撃てば、間違いなく
僕の体を貫通して貴方に当たるでしょうね。」
朱雀が一瞬ケントを見上げると、ケントはチャカを下ろし
ギリッと悔しそうに唇を噛む。
ボタンは既に腹まで外され、朱雀はそのままズボンに
入っているYシャツの裾を引き抜いて前を肌蹴た。
そして胸に舌を這わせながら両手を脇腹から背中に
向けて差し入れてくる。
その途端俺は両脇を絞め、チャカごと朱雀の両手首を
挟んだ。
「それで?
俺がお前を抱かない事ぐらい始めから承知だろう?
こんな猿芝居を繰り返しながらどうやってハルカを
手に入れる?」
グッと肘に力をいれると手が痺れたようにチャカをその手
から落とした。
すかさずケントがそれを拾い上げて遠ざける。
朱雀は必死で手を引こうとしたものの、それが不可能だと
わかると、両手はそのままに俺の胸に歯を立てた。
「……さぁ、どうでしょう?
後はご自由にご想像されてください。
まぁどうやら抱いてくれる気はなさそうですから、
後は貴方の龍が見られればそれでいい。
ハルカさんが貴方の龍に惚れ込んでいる事は
知ってますからね。」
見下ろしている朱雀から少し左に視線をずらすと、肌蹴られた
上着の内ポケットから昇龍のストラップがのぞいていた。
……ハルカ……
「……こうして時間を稼いでいる間に、お前がその頭を担保に
してアメリカで取り入って来たマフィアにハルカをさらわせる。
そしてハルカをアメリカで監禁して精神的に混乱させ、
俺と同じ昇り龍を背負い、俺と同じやり方で抱くお前を
求めさせようと……?」
朱雀の動きが一瞬止まる。
だが今度は肉を食い千切る勢いで噛み付き始めた。
……こんなものは俺の怒りに比べれば痛くも痒くもない……
「……ほぅ。
やはり伊達に黒神の昇龍を名乗ってはいないようですね。
それともハッタリですか?
まぁどちらにしろ、噂通り本気で怒らせた僕に龍を見せて
くれるのですね……?」
その台詞を鼻で笑った。
黒神の昇龍などと名をつけられ、様々な噂が勝手に流れては
いるが、その噂のどれもが真実であり嘘でもあると言えるだろう。
今時大立ち回りをそうそうするわけじゃなし、上を脱ぎ捨てて
立ち向かうなどほぼ有り得ない。
当然本気にさせた奴は生かしてはおかないが。
「何を勘違いしているのかは知らんが、俺は自分で
黒神の昇龍などと名乗った事は一度もない。
そしてこの背を見せるのは俺を本気にさせた時
などでもない。
……俺がこの昇り龍を見せるのはハルカだけだ。」
この龍を見るのも、この龍に触れるのも、この龍に
口付けるのも、全てハルカにしか許しはしない。
何故ならこれはハルカのものだからだ。
この龍と俺自身を引き換えにして、折原遼という
唯一無二の存在を手に入れた。
だからこそ何があろうとこの背を人目にさらす事はない。
朱雀は何度も俺に噛み付きながら、合間にクスクス笑う。
「それはそれは失礼しました。
ではやはり貴方を殺してからゆっくり拝見するしか
ないのでしょう。
仕方がありませ……」
「お前がハルカについて調べるのと同様に、俺の事も
調べまわっているのはわかっている。
だがその素晴らしい頭でどれだけ俺を研究しようが、
俺が背負っているのと同じ龍をその背に彫ろうが、
ハルカはお前の龍に惚れ込むことはない。
たとえお前が俺と同じやり方で抱いて、ハルカの体を
自分のものにしたとしても、ハルカの心がお前のものに
なる事はない。
俺のコピーをいくら気取ったところで、ハルカの心は
お前の手には落ちない。
お前がどう足掻こうが無駄だ。」
噛み付いていた朱雀がピクッと動き、ゆっくりと口を離す。
そしてその口から俺の血を滴らせながら睨み上げて来た。
「……その根拠は?」
それを見下ろしながらニヤリと笑った。
「お前が俺ではないからだ」