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一度視線を逸らした朱雀は、俺の両腕に挟まれている
両手で、爪を立てながら脇腹を捻り上げてくる。
そしてコイツと初めて会った時に見た、あの憎悪の視線を
向けて来た。

「……へぇ〜。
 これはこれはすごい自信ですね。
 ですがサガミさん、監禁された人間の心理なんて簡単に
 操作できるものですよ。
 だからやり方さえ間違わなければ、ハルカさんは必ず
 僕を愛するようになります。
 ハルカさんが貴方なんか忘れて、僕の上で自分から
 腰を振る日もすぐですよ……」

ニヤニヤと舌なめずりをしながら、口の周りに付着した
俺の血を舐め取っていく。


雨が叩き付けていたホテルの部屋の窓が、瞬間的に目が
眩むような光に包まれた。
そしてその直後、耳を劈(つんざ)くような大音響が響く。


次の瞬間絞めていた両腕から急激に力を抜くと、バランスを
崩して俺の方に倒れ込んで来る朱雀の髪を左手で鷲掴みにし、
そのまま力任せに後に引っ張った。
朱雀は仰け反りながら悲鳴を上げ、俺の両脇から手を
離して暴れ始める。
だがそれには一切構わず、ズボンの内ポケットに忍ばせて
いたチャカを右手で握って朱雀の心臓に押し当てた。

「……言い忘れていたが、同極会系の奴らは一人残らず
 うちの連中が抑えている。
 そのうち何人生き残っているかは知らんが。
 それからお前が操れたと思っているマフィアは、あくまで
 ソルジャー(構成員)の一部だ。
 俺はアンダーボス(若頭)と知り合いでな。
 電話1本でこの辺一帯のアメリカ系マフィアは引き揚げたぞ。
 だから残念ながらお前を助け、俺をヤッてくれる奴はどれ程
 待とうと現われない。
 俺ならお前のやり口を最後まで見届けるだろうと予測し、
 手を換え品を換え散々時間を引き延ばしてハルカを捕らえた
 という連絡を待っていた様だが、いくら待とうと時間の無駄だ。
 ハルカは今頃うちの事務所にいる。
 わざわざ自分を囮にしてまで俺を呼び出したのに残念だったな。
 ……俺がそうそう簡単にハルカに手を出させると思うのか?」

さすがの朱雀もそれには驚いたらしい。
暴れるのを止め、目を見開いて俺を見ている。
俺はその朱雀の髪を更に引っ張り上げてソファに引き倒し、
膝で両腕を踏みつけながら馬乗りになった。

「……たかだか同極会とマフィアの下っ端ごときを操れた
 だけで、俺に太刀打ちしようなどと思い上がるな。
 俺を本気で怒らせた奴が、誰一人生き残っていないという
 噂位耳にしているだろう?」

朱雀は青ざめてヒクッと咽喉を鳴らす。
だが突然何かを思いついたかのようにクスクスと
笑い始めた。

「僕を殺すとハルカさんが苦しみますよ?
 そして僕を殺した貴方に触れられるのを嫌がりますよ?
 自分の後輩を手にかけ、人を殺す人間を受け入れるなどと、
 そんな無理強いを強いた貴方にハルカさんがついて行くと
 でも思っているんですか?」

上着の内ポケットからのぞいている昇龍のストラップに
もう一度視線を向けた。
……ハルカ、お前には苦労をかけるな……

その台詞を鼻で笑い飛ばすと、朱雀はピタッと笑いを止める。
そして心臓に向けているチャカを、今度は眉間に押し付けた。

「……お前はハルカを何一つわかっちゃいない。
 ハルカは俺の生き様をわかった上で、人生の全てを
 賭けて俺を求めている。
 俺がハルカを求めるのと同じ様にな。
 確かに朱雀の正体を知り、俺がその朱雀をヤッたと
 知れば胸を痛めるだろう。
 だが俺達の間はたかがそんな事で崩れたりはしない。
 ハルカは俺と共に地獄に落ちる覚悟を決めている。
 そして俺はそのハルカを、地獄の中でも守り抜いていく。
 お前ごときにヒビを入れられるような、そんな生半可な
 感情でお互いを求めているわけではない!」

朱雀の体がワナワナと震えだし、夢中で暴れ狂い始める。
髪を掴んでいる手に力を入れ、その体をもう一度脚で挟み
なおした。
窓の外では縦横無尽に稲光が走り、風と雨が激しく吹き
荒れている。

「8年もの間ハルカだけを思って生きてきたその思いに
 免じ、ハルカに線香の1本ぐらいはあげさせてやろう。
 ……潰されたメンツ、今取り返させて貰うぞ。
 イチカワカズマ……」

次の瞬間、再度響いた落雷の音にあわせて引き金を引いた。