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トキ君は立ち上がってこの部屋の電話のところまで歩いて行くと
子機を取り上げ、ボタンを押した後にクロタニさんに渡した。

「わしだ。
 ……ああ……ああ……そうか……」

少しの間話し続けるクロタニさんの表情を、ゴクリと唾を
飲み込みながら見詰める。
サイドウさんもクロタニさんの斜め後ろに控えたトキ君も、
黙ってクロタニさんを見詰めていた。


クロタニさんは電話を切った後、子機をトキ君に返しながら
サイドウさんに小声で何かを指示した。
そしてサイドウさんはそのまま部屋を出て行き、トキ君は
もう一度私の斜め後ろに座る。

「リョウヤとケントは今ここに向かっている。
 二人共無事だから安心しろ。」

微笑みながら言うクロタニさんの言葉で、ほぅ〜と息を吐き
ながら胸を撫で下ろした。
二人が無事でいてくれて本当に良かった……

「お前は二人が戻って来るまでリョウヤの部屋で待つが良い。
 朱雀は死んだが、後の始末は今サイドウがやっているから
 心配するな。
 ……だがハルカ。
 朱雀の正体、それなりの覚悟はして置け。」

覚悟……?

取り合えずわからないままに『はい』と答える。
するとトキ君が『案内します』と言って立ち上がる気配がしたので、
クロタニさんに『失礼します』と頭を下げた。
そしてトキ君と二人でエレベーターに乗り、3階にあるリョウの
部屋に向かった。


「自分はすぐ外にいますんで、何かあれば遠慮なく
 声をかけてください。」

「トキ君、本当に色々ありがとう」

頭を下げて出て行くトキ君にお礼を言い、ドアが閉められるのと
同時にリョウのデスクチェアに座る。
そしてくるりと回りながらこの部屋の上の方にある、人一人も
通れないほどの小さな窓から空を見上げた。

あの後何度か落雷の音が響いたものの、今ではそれも
遠ざかり、風も止んで雨も静かに落ちる程度になっている。
クロタニさんが言った覚悟とは何の事なのか、今回の件が
何だったのか、リョウが戻って来るまでにもう一度頭を
整理しよう。


****************


しとしとと振り続ける雨の音が静かに響いている。
目を瞑って両腕で自分の体を抱き締めながら、独り、
物思いに耽った。


今まで時間に遅れる時は必ず何らかの形で連絡をくれた
リョウが、今回に限ってはこの件が片付いてから、と私に
連絡をしなかった。
昨夜私が病院の私室で仮眠している様子を撮った写真を、
朱雀はリョウに送りつけてきた。
そしてクロタニさんは朱雀の正体に、それなりの覚悟を
しろと言った……

何度も何度も考え直したけれど、そこから導き出される
答えは1つだけ。
朱雀が病院関係者で、私の知り合いだろうという結論。

考えたくはない。
朱雀が私の知り合いで、その朱雀を、多分リョウが手に
かけたのだろうという事。
病院関係者の誰を思い浮かべても、やはりそれが辛い
結果である事には変わりがない。
一番考えたくない可能性で、一番避けたい事だった。

ギュッと握り締めた拳を、閉じた両目に押し当てて下を向く。

医者としても個人としても、この現実はやはり受け容れ難い。
だけど……
ヤクザという、医者とは別の意味で死と隣り合わせの世界で
生きているリョウをパートナーとして選んだ時点で、そんな
事態も起こり得ると予想しなかったわけではなかった。
それでも……
そういう思いを抱えなければいけないかもしれないという
リスクを背負ってでも、リョウと共に生きる道を選んで来た。
そして私は自分のその選択に……今でも一欠けらの後悔もない。
……ならば私に出来る事は決まっている。


突然ドアの外からガヤガヤいう声や音が聞こえ始め、
リョウ達が帰って来たのだろうと予想はついた。
けれどまずはクロタニさん達に挨拶に行くはず。
だからここに来るのはもう少し後になるだろう。

案の定声が少し収まったので、両手を肘掛に置いてもう一度
窓を見上げた。
物思いに耽っているうちに空は既に明るくなり始め、雨も
ほとんど止んでいる。
先程まであんなに吹き荒れていた雷雨が嘘のようだった。
……けれど雷は確実に落ちた。
私にも。朱雀を手にかけただろうリョウにも。
そして、朱雀にも。

そのまま静かに目を閉じて手を合わせる。


……朱雀。貴方が誰なのかはまだわからない。
でも貴方が誰だったとしても、私は貴方に謝れません。
それがリョウの決断だから。
リョウが決めた事を、全てにおいて受け入れると決めているから。
地獄に落ちるのは間違いありませんが、リョウと共にいられるの
ならば、それも私の本望です。
こんな私を許せないでしょうし、許してくれとも言いません。
けれど、どうか貴方のご冥福だけは一生心からお祈りさせて
下さい……


ドアの外からまた声や音がし始めた。
その中に、確実にこの部屋に近付いてくる足音が聞こえる。
聞き慣れたその足音がドアの前で止まり、『お疲れ様です』という
トキ君の声が聞こえた後、カチャッと音をさせてドアが開かれた。
それと同時に私が常に求め続けている空気がふっと流れ込んでくる。
そして私を真っ直ぐに見詰める、いつもの鋭い瞳を見詰め返した。

「おかえりなさい」

と微笑みながら。