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迎えが来たのは電話を切ってすぐ。
カメラ付きのインターホンに映ったのは、最近よくリョウと一緒にいる
五人衆の一人、渡部土岐(ワタベトキ)君だった。


黒神一家では会長であるクロタニさんを頂点として、そのすぐ
下に組長のサイドウさんがいる。
そしてその下に各地で自分の組や企業を持つ直属の舎弟
9人がいて、それに若頭であるリョウを加えて『黒神十人衆』と
呼ばれていた。
この『黒神十人衆』は毎月定例会議を開きながら、末端まで
含めると数千人に膨れ上がるという黒神一家の根本を支えている。
リョウの下には若頭補佐として『五人衆』と呼ばれる5人の人が
いて、ケント君やトキ君も『五人衆』の人。
それ以外の人達は『若衆』と呼ばれるらしい。

黒神一家ほどの大きな組になると、『若衆』の人達も皆それぞれに
自分の組を持っている。
その組によって編成は少しずつ異なる様だけど、黒神一家では
『若頭』と『五人衆』は自分の組を持たない仕来たりになっていると、
前にリョウから教えてもらっていた。


明るいケント君とは違い、トキ君はどちらかと言えばリョウと
雰囲気の似ている子で、物静かなのだけど眼が鋭く、目端も良くきく。
でも時々見せる笑顔はやっぱりまだ若くて可愛く、私もリョウも
ケント君達と同様、とても可愛がっていた。

ロックをはずし、部屋に迎えに来てくれるまでの間に忘れ物が
無いか確認する。
玄関のチャイムが鳴ったので、急いで走り出た。

「こんな夜中にわざわざありがとう。」

お礼を言う私に、トキ君は黙って頭を下げた。


私は車に詳しくないので今乗せてもらったこれが何という名前
なのかはわからないけれど、やはりリョウのと同じ、窓が全部
黒い物だった。
私を迎えに来てくれたトキ君は終止無言で運転する。
私も口を開かず、ただ窓の外に薄暗く見える景色を眺めながら
以前リョウと事務所に行った時の事を思い出していた。


****************


4階建ての近代的なビル全てがリョウの事務所だった。
極端に窓の数が少なかった事がとても印象に残っている。
何となく古惚けたビルのワンフロアーかと思っていた私は、
正直驚いた。

ビルの入り口には黒神一家の代紋が掘り込まれた大きな
看板(?)や提灯みたいなものが飾られていて、リョウ達が
『チャカ』や『ハジキ』と呼ぶ、拳銃を持っているという
二人の男性が警備しているのがいかにもヤクザの事務所
らしい。
まぁ拳銃はリョウも常に持っているのだけど……


まずは4階にある中庭つきの会長の部屋で挨拶をし、その後
リョウに中を案内してもらった。

1階は半分が駐車場になっており、残りは倉庫のような物置き場。
2階には一見普通の会社と変わらないような広い事務所があり、
十数人の男性達がPCを打ち込んだりタバコを吸ったりしていた。
リョウの顔を見るなり慌てて挨拶をしてきたその人達に紹介
された後、ちょっと意外に思いながらリョウに話しかける。

「ヤクザの事務所って、白いストライプの入った紺のスーツを着て
 サングラスをかけた組員が、茶色の応接セットで片足をテーブルに
 のせてるイメージだったのですが。」

と言ったら、リョウに思いっきり苦笑された。
でもテレビではそういうイメージじゃないですか?と言ったら、
側にいたケント君も、ヤクザも進化してますからね〜、と言って
笑っていたけど。

そして3階に組長の部屋や若頭であるリョウの部屋、応接室なのか
会議室なのかわからない部屋、そして何がしまわれているのか
あまり聞きたくない、鍵の掛けられた鉄の扉がある。
組長室には入らなかったけど、リョウの部屋には入れてもらえた。
ケント君は事務所に戻り、20畳ほどのリョウの部屋でしばらく
二人で過ごす。


小さな応接セットの奥にはマホガニーらしいデスクが置かれており、
その上にはリョウ専用のPCが置かれていた。
その周りには様々な資料の入った大きな本棚がいくつもあり、
やっぱりヤクザの部屋と言うよりどこかの会社の重役の部屋という
印象を受ける。
でも落ち着いた雰囲気で、シンプルな部屋の作りはリョウらしいと
思った。


デスクチェアに座って、クルクル回転しながらいつまでも部屋を
眺める私を、リョウはソファでタバコを吸いながら見ていた。
そしてしばらくしてからタバコを消して立ち上がり、おもむろに
私を抱き上げて入れ替わるように自分がデスクチェアに座る。
膝に乗せられた私は落ちないようにリョウの首にしがみついた。
すると私の両足を片方の肘掛に置き、私の後ろ頭を両手で
抑えながら、何度も何度も激しく口付ける。
そして

「……後悔はないか?」

と私の目を鋭い瞳で真っ直ぐに見詰めて来る。
その目の奥を覗き込んだ時、もしかしたらリョウは私を事務所に
連れてくる事が不安だったのかもしれない、と思った。
ヤクザだと知ってはいても、会長に挨拶したり実際に事務所を
見たりすれば、やっぱり私が嫌だと思うのでは、と。
そんな事を私が思う筈は無いのに……

「後悔なんかこれっぽっちもありませんよ。
 逆に貴方が私をこの場所に連れて来てくれた事が嬉しいです。
 こうやってリョウが過ごしている場所を実際に見れたおかげで、
 また楽しみも増えた事ですし。」

「楽しみ?」

訝しげに聞くリョウの顔を引き寄せて、軽いキスをする。

「会えない時、今頃貴方はこのデスクチェアに座りながら
 PCをしているかな、とか、そこの本棚から資料を出して
 調べ物でもしているかな、とか、具体的に想像出来るじゃ
 ないですか。
 どんな所にいるのかわからないより、ずっとずっと楽しい
 想像が出来ますよ。
 ……まぁ本音を言えば想像するだけより、こうやって
 実際に貴方に触れたいですけどね〜。」

そう言って微笑みながらリョウの首にまわしていた手をはずし、
そっと頬を撫でた。
するとリョウはクッと笑い

「……ハルカらしいな……」

と言ってしっかり私の体を抱き締めながら、今度は優しく口付けた。


****************


夏なのだし、午前3時も過ぎているのだからそろそろ外が
明るくなってきてもいい頃なのに、黒く塗られた窓の外は
いつまで経っても明るくならなかった。

遠くからゴロゴロという雷鳴が聞こえる。
いつもは雷なんて怖くもなんとも無いのに、何故か今だけは
それが無性に気味悪く感じられて、両手で自分の耳を塞ぎながら
私が一番安心出来る、リョウの腕の中を思い出していた。