テーブルの上にはすっかり冷えてしまった手羽先の煮物。
それにローストビーフのサラダとアサリのワイン蒸し。
どれもリョウの好きなものばかり。
夜勤明けで疲れている筈の体には、全く眠気が襲ってこない。
電話の子機と携帯を片手ずつに握り締めながら、明かりを
点ける事も忘れたまま、真っ暗な部屋の中でリョウからの
電話を待ち続けていた。
リョウと出会ってからもうすぐ2年。
『ヤクザ』や『極道』という、テレビや映画なんかのイメージとして
持っていた私の概念と、実際の『ヤクザ』であるリョウのイメージが
大分違うものだった為に、私はほとんど危機感を持たないまま
過ごして来た。
けれど、それはリョウが私に心配をかけない為に努力してくれて
いたから。
でもやはりリョウが『ヤクザ』である以上常に危険と隣り合わせ
なのは事実だし、そんな事は元より承知でリョウと共に生きる道を
選んで来た筈。
だからこんな事で取り乱してはいけない。
まずは私に出来る全ての事をしよう。
夜中の2時半。
リョウの事務所に電話をかけようとしたその時、私の携帯が
けたたましい着信音をあげた。
静まり返った部屋で突如鳴り響いた音に一瞬ビクッとするが、
その着信音が、リョウの携帯からでも病院からの連絡でもない事を
知らせており『非通知』と書かれた文字を見ながら、一体誰から
だろうと震える手で受話ボタンを押す。
「もしもし?」
『お前はハルカか?』
「はい、そうですが?」
『リョウヤんとこの組長をやっている西道(サイドウ)だが
覚えてるか?』
「……はい、覚えています。」
リョウと暮らし始めて1ヶ月ほど経った頃だろうか、面通しを
しておかないと不味いから、という理由で、一度だけ事務所を
訪れた事があった。
会長の黒谷(クロタニ)さんと組長のサイドウさんとはその時に
会っている。
二人とも独特の鋭い目つきをしていたが、とても気さくに話しかけて
きてくれて、リョウヤが何かに執着する姿を初めて見た、と言って
笑いながら、私達が一緒に暮らす事を素直に喜んでくれていた。
『リョウヤの事で会長がお前と話したいと言っている。
今は家だろ?』
「家です。」
『今迎えをやるからすぐに出られるか?』
「……はい、今すぐ下に降りればいいですか?」
『あ〜、それはちょっと不味い。
うちの若いもんが部屋まで行くから、それまで待っててくれ。』
「わかりました。」
ピッと音を立てて電話を切る。
やはり何かあったのだろう。
でなければ会長が直接私に話す事など何も無い筈だから。
私は一度深呼吸をする。
これからどんな話を聞こうがどんな事があろうが、
リョウが帰って来るまでは絶対に取り乱さない。
そう決意を固めながら、携帯のストラップを握り締める。
これは去年のクリスマスにリョウとお揃いで買った物だった。
黒い牛革の細紐に、昇龍が彫り込まれたシルバーのタグが
結び付けられている。
そしてリョウのタグの裏には『遼』、私のタグの裏には『良哉』と
梵字で彫刻されている。
私がリョウにねだって無理やり買った様なものなのだけど、
それでもリョウは珍しく照れ臭そうにそれをつけて
とても大事にしてくれていた。
背中の昇り龍と共にリョウを守って欲しい、と願いを込めて買った物。
どうか、リョウに何事もありませんように。
どうかどうか、リョウを守ってくれますように……