一通り食事が終わりお互いほろ酔い気分になった所でリョウは
居間を出て行き、私もテーブルの上を片付け、あくびをしながら
家中の遮光カーテンを閉めた。
肉体的な疲れと精神的な疲れが重なり、さすがにもう限界。
歯磨きを終えてベッドルームに行くと、既にリョウはベッドに
入っている。
リョウも様々な意味で疲れた事だろう。
静かにベッドに入ると首の下に腕を入れて抱き寄せられた。
「……一眠りしたら、後は明日まで眠れないからな……」
「それでは一生懸命眠るよう努力しますね」
クスっと笑い、胸のガーゼが剥がれないように気をつけながら
リョウの背中を抱き締め返す。
そしてその背中に手を這わせながら 『貴方もおかえりなさい』
と心の中で私の昇り龍に話しかけ、そのまま吸い込まれる
ようにリョウの腕の中で眠りについた。
****************
目覚めた時にはベッドにリョウの姿はなく、窓の外は既に
真っ暗だった。
ノロノロと起き出して、思ったよりも長く寝てしまったと
思いながら居間に向かう。
するとリョウがスーツの上着を羽織っている最中だった。
「今日はお休みじゃなかったんですか?」
目を丸くしながら問いかけると、私を片腕で抱き寄せて
髪にキスをする。
「手を打ってくれた組長に礼を言いに行くだけだ。
すぐに戻るから何かつまみでも用意しておいてくれ。」
丁度その時インターホンが鳴った。
ケント君がリョウを迎えに来たのだろう。
ロックを外し、玄関まで行って靴を履き終わったリョウに
『いってらっしゃい』と口を開こうとした途端、後頭部を
手で引き寄せられ、そのまま舌を捻じ込まれる。
突然で驚きはしたものの、久々のちゃんとしたキスに胸が
高鳴りながら首に抱きついてキスを返した。
舌を絡ませ、唾液を飲み込み、リョウの存在を確かめるように
その舌を追い求める。
ピンポーン
その音でハッと我に返り唇を離そうとするのに、リョウは
腰を引き寄せて離してくれず、私の舌を吸い上げたまま
後ろ手に鍵をあけた。
そしてガチャっと扉を開けたケント君と、そのままの格好で
目が合ってしまう。
ケント君は一瞬口をポカンと開け、真っ赤になりながら
『失礼しましたっ!』と慌てて扉を閉めてしまった。
それがあまりにもおかしくて唇を合わせたまま笑うと、
ようやくリョウが唇を解放してくれる。
「あまりこういう場面を見せるのもどうかと思うんですが」
笑いながら言うと、リョウはニヤリと笑った。
「五人衆にはハルカが誰のモノなのか、その都度はっきり
見せ付けておかないとな」
「……もう充分だと思いますけどね」
リョウは苦笑している私の首を強く吸い上げ、『いい子で
待ってろ』 と言って出て行った。
そして私は首についただろう痣に触れながら、独占欲の強い
パートナーを思ってしばらく玄関で笑い続けた。
****************
シャワーを浴び、後でリョウを病院に連れて行かなければと
Yシャツを着てネクタイを閉める。
そして上着は着ずに居間に戻ってテレビをつけ、冷蔵庫を
覗きながら何を作ろうか考えた。
取り合えずリョウの好きな秋刀魚を焼いて、揚げ出し豆腐に
ビーンズのサラダを作ろう。
五人衆の子達も来るだろうから肉やご飯物もあったほうがいい。
袖を捲り上げて材料を出し、カウンター越しにニュースを
見ながら料理を始めた。
『……2名の遺体が発見された射殺事件で、本日夕方、
犯人が自首したと発表……』
後は秋刀魚を焼くだけになった時、ふと耳に入ったその
言葉に手を止め、テレビの方に視線を向ける。
画面には見た事のない男性が犯人として映っていた。
……この人は誰だろう?
手を拭きながら居間に行き、テーブルに両手を置いて床に
座りながら、そのままそのニュースに釘付けになった。
どうやら犯人とされている人物は浅井組の人らしく、以前から
続いていた抗争の挙句、組長のクスノキさんとクスノキさんと
一緒にいたイチカワ君を射殺したと自供しているらしい。
自供の内容に不審な点はなく、現場の状況とも一致している為
警察側は彼を犯人と断定したという事だった。
「身代りを任せる代わり、浅井組が黒神の代紋をかつぐ。」
突然聞こえたリョウの声に慌てて振り向いた。
『おかえりなさい』と立ち上がってリョウが脱いだ上着を受け
取り、それをハンガーにかけながら続いて居間に入ってきた
五人衆の子達にも『いらっしゃい』と声をかけた。
『身代り』と言うのは組長や有力幹部が検挙されないよう、
輩下の人が代わりに自首をするという制度の事。
だからきっとこれが、サイドウさんが手を打ってくれたという事
なのだろう。
「浅井組が黒神一家の傘下に入るという事ですか?」
かけた上着の胸ポケットから、よく使い込まれて深い光沢を
放っているスターリングシルバーのシガレットケースを取り出し、
胡坐をかいて座ったリョウに手渡しながら尋ねると、代わりに
ケント君が答えた。
「そうです。
兄貴のおかげで同極会との抗争が終結したわけですし、
それに黒神の代紋の効果はでかいんすよ。
だから浅井組は喜んで身代りを引き受けました。
その上何てったって 『あの』 黒神の昇龍の身代りっすよ?!
こんなに光栄な事は普通有り得ないっすからね!
ムショを出てきたら英雄間違いなしですよ〜!」
まるで自分の事のように興奮しながら誇らしげに語るケント君が
おかしくて、思わずクスクス笑ってしまった。
「ケント、余計な事を言ってないでさっさとビールを持って来い」
トキ君が差し出したライターでタバコに火を点け、深々と煙を
吸い込んだリョウが、苦笑しながらゆっくりと煙を吐き出す。
バツが悪そうに頭をかきながら台所に飛んでいくケント君に
みんなで笑い、その後はいつも通り楽しく談笑した。