部屋で過ごす浴衣は数種類用意されていて、去年と同様リョウはすっきりとした紺絣の浴衣を、私は白絣の浴衣を着る事にした。
私が淹れたお茶を二人で飲んで一服した後、山海の味覚がふんだんに使われた贅沢な会席料理を、私達の部屋に7人分用意してもらう。
すると準備を終えた宿の方が出て行くのと入れ違いに、それぞれ浴衣に着替えた五人衆の子達が礼儀正しく挨拶をしながら入って来た。
もちろんリョウと同様、全員浴衣の下に拳銃を身に付けている事は一目でわかる。
帯を巻いている部分が一部だけ異様に盛り上がっているから。
まぁそれが仕事なのだから当然だけど、こんな時まで気が抜けないのは少し気の毒だと思ったりしていたのだけど、私とリョウは既にお膳の前についているというのに、5人ともいつまで経っても入り口付近に気まずそうに立っている。
「早く座れ」
リョウが声をかけると揃って返事をし、ようやくそれぞれ席につき始めたものの、全員黙ったまま赤くなって下を向いていた。
「皆さんどうされたんですか?」
訝しく思いながら首を傾げて隣のリョウに尋ねると、リョウは可笑しそうにクッと笑いながら答えた。
「……原因は遼だろう?」
「私?あ……」
露天風呂での件を忘れていた。
この反応を見ると、やはり私の声が聞こえてしまったのだろう。
1回目だけならまだしも、2回目は声を抑える余裕など全くなかったので、完全に筒抜けだったのは間違いない。
『それは申し訳ありませんでしたね。取り合えず気にしないで食べましょう』 と苦笑をしつつリョウにお酌をすると、それぞれ顔を見合わせて照れ笑いを交わしながらお互いに酌をし合い、ようやくおかしかった空気が少しずつ通常に戻っていった。
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床の間を背に私とリョウが並んで座り、五人衆の子達は向かい合わせに配置されたお膳の前に座って、それぞれ会話を交わしながら箸を進めた。
普段彼らはほとんどアルコールを口にしない。
でも決して飲めない訳ではなく、何かあった時に酔っ払って動きが鈍るような事があると困るかららしいけれど、今日はリョウが特別に許可を出したらしく、控えめながらも少しずつ盃を空けている。
私はリョウにお酌をし、一度回ってきますね、と声をかけ、リョウが頷いたのを見てから熱燗の入った銚子を持ち、会話を交わしながら5人全員にお酌をして回った。
普段守ってもらっている分、こういう時位何かをしたかったから。
みんなとても恐縮がっていたけれど、それでも嬉しそうに受けてくれたので私も嬉しかった。
喜怒哀楽が激しく話題の尽きない青柳健人君。
リョウと雰囲気の似た鋭い目を持つ渡部土岐君。
一見とても可愛いらしい顔立ちなのに、実は口を開くととても気の強い豊田美樹君。
普段のんびりやで優しいけれど、怒ると何をするかわからないという危うさを持つ片山峻(カタヤマシュン)君。
5人の中では一番年上で責任感が強く、個性豊かな五人衆の面々をしっかりと纏め上げている清水右京(シミズウキョウ)君。
5人全員がリョウと私にとって、とても大切な存在だった。
****************
私が席に戻ってしばらくした頃、私の斜め前に座っている右京君以外の4人が組織の事についてリョウに質問を始め、それに答えるリョウの言葉に他の子達も真剣に耳を傾けている。
そんな様子を微笑ましく思いながら何となく眺めていると、先程から一人だけ黙り込んでいる右京君が、空になった私の盃に熱燗を注いでくれた。
ありがとう、と言った私に無言で頭を下げながら銚子を置き、そのままリョウ達の方をそぞろに眺めている彼に、他には聞こえないよう声を落として静かに声をかける。
「……気付いてくれない、つれない思い人に
悩んでいるのですか?」
私の言葉に右京君は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
その様子があまりにも想像通りで思わず苦笑を漏らしてしまう。
「……何故わかったのですか?」
小声で返して来た質問を、まろやかな味の熱燗を口に含みながら微笑んで流した。
「『本当に愛しているのだったら黙っているというのは、
たいへん頑固なひとりよがりだ』
太宰治の言葉です。
何度も愛していると口にする事が一概にいいとは思いま
せんし、態度で気持ちを表す事もとても大切だと思います。
けれど、言葉が必要な時もあるのですよ。
相手にはっきりとわかる形で思いを伝える事も大切です。」
右京君が悩んでいるのだろうという事には、私もリョウも前々から気付いていた。
けれど私達が口を出すような事ではないし、自分なりに悩み、もがき苦しみ、葛藤するというのはとても大切な事。
だから黙って来たのだけど、どうやらそろそろ抜け出せない無限のループに入り込んでしまっているようだった。
「……言葉で伝えたほうが良いという事ですか?
自分の方を見ていないとわかるのに……?」
切れ長の目を辛そうに細め、リョウの話に真剣に耳を傾けている思い人を見つめて小さく言葉を漏らした右京君の盃に、私は黙ったまま熱燗を注ぐ。
そしてそれを一気に飲み干す様子を見ながら言葉をかけた。
「どんな道を選ぶのかはもちろん右京君の自由です。
ですが今の場所にとどまって結果を恐れていても、いつまでも
前には進めませんよ。
もし待っているのが残念な結果だったとしても、恋をして散々
苦しんだ経験は必ず右京君自身を成長させてくれています。
けれどもしかしたら一歩進めば良い結果が待っているかも
しれません。
何にせよ、前に進まない事にはそのどちらも得られないと
いう事だけは覚えておいたほうがいいと思います。
……右京君にとって、今年がどんな意味であれ良い年に
なってくれるといいですね。」
微笑みかけながらそう言うと、右京君は今にも泣き出しそうに目を潤ませながら私に頭を下げた。
「……遼さん、ありがとうございます。
俺…こんな思いに駆られた事がなかったから、自分でも
どうしたらいいのかわからなくて……」
私は右京君の盃にもう一度熱燗を注いで自分の盃にも注ぎ、その盃を目線の高さまで持ち上げた。
「思いが通じる通じないは置いておいて、そこまで
愛せる相手と出会えた事に感謝しましょう?」
私の台詞に泣きそうな顔で笑いながら右京君も盃を持ち上げ、二人でひっそりと乾杯をした。
一月一日という日付より、今日という日が私にとって新年の開始。
大切な存在である五人衆の子達に囲まれながら、無事にリョウと一緒に迎えられた新年。
去年は本当に色んな事があった年だった。
今年もきっと様々な出来事があるだろうけれど、そのどれも一つずつしっかりと乗り越えて、また少し成長した自分で来年を迎えたい。
一年後の今日、どこまでも愛しい、私の惚れたオトコと共にここに笑顔で座っていられますように……
Wishing you a great new year filled with
love & peace & happiness & good will and fun!