シリーズTOP



予想していた通りで、充分わかっていた筈の答えだった。
にも関わらず、リョウの口から迷いなく答えられてしまうと、さすがに胸がキリキリと痛んで悲鳴を上げる。

想像以上の衝撃に息をする事すら忘れ、先程までの震えとは違う、別のわななきが私を取り巻き出す。

リョウはまたタバコを深々と吸いながら言葉を続けた。

「遼と出会っていなければ、今頃俺はムショの中だったか
 野垂れ死んでいたか。
 それはわからんが、どちらにしろそっちの道を選んでいた
 方が何にも煩わされず、今とは比べ物にならんほど楽だ
 っただろう。」

ボンネットの上に置いていた両手でギュッとかたく拳を握り、海に向けていた視線を自分の膝に落とした。

「飢えと渇きが俺の中で治まる事はない。
 遼を手に入れれば少しは鎮まるだろうかとも思ったが、
 遼はそれまで以上の飢えと渇きと、その上止まらん欲を
 俺に覚えさせる。
 それが俺の根を次々と狂わせる。
 ……これで答えになるか?」

かろうじて小さく頷き返してから、リョウにも、そして自分にも感じ取れないほどに細く細く息を吐き出す。


何も持っていなければ、何かを失う事もない。
けれど一旦何かを手に入れてしまえば、どうしてもそれを失いたくないという思いが働き出す。
そして 『欲』 というものは、一つ満たされてもまた更にその先を満たされることを欲し、完全に満たされる事などない。

次から次へと襲って来るこんな欲は、私もリョウと出会って初めて感じたものだ。

「……では、こういう様々な思いを抱え込むとわかった上で、
 過去に戻ったとしたら……?」

私はそれでもリョウと生きて行く道を間違いなく選ぶ。
今以上に苦しくたっていい。
どれほど醜くもがこうと、それでも相模良哉という存在と、全てを共に分かち合っていく人生を生きて行きたい。
……でもリョウは?
リョウはどうするのだろう?
ヤクザという世界は私にはまだまだわからない事ばかりだけれど、それでもリョウの立場であってみれば、ほんの少しの隙が、文字通り命取りになるのだろうというのは容易に想像がつく。
そうである以上、やはり足枷や重荷に成りうる私とは、共に歩まない道を選ぶのだろうか……?


ふと視線を上げると、不安に駆られている私を嘲笑うかのように数羽のカモメが風に乗り、伸び伸びと羽を広げながら自由に飛び交っている。

そのままそっと隣を覗き見てみると、リョウもそのカモメ達を見上げながらゆっくりと煙を吐き出していた。
そして持っていたタバコを地面に落とすと、それを靴で踏み消しながら一瞬何かを言いかける。
けれど思いとどまったかのようにまた口を噤んでしまい、新たにシガレットケースから取り出したタバコを火を点けないまま咥えた。


それから一体何分経ったのか……
心臓の音がやけに大きく耳に木霊し、答えを待っている時間が、気が遠くなりそうなほど長く感じる。


その時一陣の突風が舞い、カモメ達が一際高く鳴いた。


それにハッとして、改めて自分の決意を思い出す。
血色の桜吹雪が舞う黒神桜を纏った以上、こんな事で不安に揺らいでしまう弱い自分自身と、しっかり向き合って闘い続けるのだったと。
だったら、たとえリョウが私と共に歩まない道を選んだとしても、その時はリョウではなく私が、必ず自分の方にその道を手繰り寄せてみせる。


震えないよう軽く唇を噛み、覗き見ていた視線を真っ直ぐリョウに向ける。
するとリョウは私の緊張感とは裏腹に、タバコを咥えたまま横目で私を見ながら、口端を上げてニヤリと笑った。

「過去に戻ったら真っ先に中坊の遼をとっ捕まえて、
 海に行かんよう柱にでも縛りつけているだろうな」

夢にも思っていなかった答えに、思わずポカンと口を開ける。
けれど次の瞬間、片手で顔を覆いながらその意地悪な視線と台詞に吹き出してしまった。

リョウは初めから、ずっと不安に駆られていた私の心など全て見抜いていた……

「あちこちと男を渡り歩かんよういつぞやの首輪で
 家に繋ぎ、減らず口をたたかんよう猿ぐつわを
 かませてシツケする。
 楽しそうだろう?」

追い討ちをかけるように、本当に楽しそうに話している様子にどんどん笑いが止まらなくなり、すっかり拍子抜けした私は笑い声をあげながら、リョウの首に腕をまわして思いっきり抱き付いた。


リョウの不意打ちが、無性に嬉しくて堪らなかった。
安心出来る言葉が欲しかったのは、リョウではなく私の方だったのだと、リョウの台詞で気付かされる。
そしてそんな間の抜けた私の不安をこんな風に打ち砕き、その上で私の覚悟も何も全てを包み込んでくれる、その懐の深さが堪らなかった。


「……それだとリョウはとっても楽しそうですが、私は
 なんだかすごく大変そうですよ?」

クスクス笑いながら首筋に顔を埋めて何度も抱き付きなおし、惜しみなく与えてもらえる温もりと優しさを思う存分堪能する。
リョウは片腕で優しく抱き寄せてくれながら、咥えていたタバコに火を点けてゆったりと煙をふかし、

「自業自得だ」

と笑った。