「リョウ」
ボンネットに寄りかかっていた体を起こし、迷わずリョウの正面に足を進める。
そして私と視線を合わせようとしない、激しい感情に囚われた鋭い瞳を目の前で真っ直ぐに見詰めながら組んでいた腕を外させ、リョウの利き手である右の手首を両手で掴むと、その手で私の首を素肌の上から直接掴ませた。
私が持ち得る魂は、全てリョウだけに委ねているのだと改めてわかってもらう為に。
それを賭けてでも、今はこの思いを伝えたいのだとわかってもらう為に。
少しの沈黙が流れた後、意味が伝わったのだろうリョウは私が苦しくない程度にグッと右手に力を込め、刺し貫くような瞳で真っ直ぐ見詰め返して来た。
それを感じるのと同時に手首を掴んでいた両手を外し、全身の力を抜いて全てをリョウに委ねる。
「本来は女性を抱く側の男である自分が同性を、それも抱か
れる側としてしか存在できない自分自身を受け入れるまで、
こんな私でも多少は悩みました。
けれどその中で学んだ事も沢山ありますから、そういう
葛藤も全て含めて過去を恥じてはいませんし、後悔もあ
りません。
それらの経験が、今、リョウと共にいる事が出来る私を
形作ってくれているのですから。」
右手をそっとリョウの頬に伸ばす。
首を掴んでいるリョウの手が、僅かにピクリと動く。
「今話したように私には様々な恋愛遍歴があり、その中で
一通りの色んな経験を積んで来ているつもりでした。
けれどリョウと出会ってから、今まで誰一人に対しても
感じた事のなかった強い思いに常に囚われ続けて、私は
初めての経験に戸惑っています。
リョウと出会い、リョウ自身と昇り龍を与えてもらえた
あの瞬間から、次々と渦巻いて行く様々な 『欲』 が
止まらないんです。
独占欲、所有欲、嫉妬、その他様々に。」
右手は頬に触れたまま、リョウの肩口に伸ばした左手で車のドアに寄りかかっている背をゆっくりと撫で下ろしていく。
「昇り龍は私の物。
それを彫り込んだリョウも当然私の物。
昇り龍とそれを背負う相模良哉という存在は、私の中で
もう取り返しがつかないほど私自身以上に大きくなって
しまっているんです。
だからリョウを誰にも見せたくない。
誰にもリョウを渡したくない。
私だけしか知らない場所に閉じ込めておきたい。
リョウと一緒にいればいるほど更に自ら望んで深みに
はまり、エスカレートしていく 『欲』 を止められなく
なるんです。」
背を撫で下ろしていた左手も頬に伸ばすと、首を掴んでいるリョウの手から次第に力が抜けていく。
「こうしてリョウの頬に触れた人が、これまでにどれ
程いたのだろうと思うだけで、今この瞬間も嫉妬で
おかしくなりそうです。」
言葉では決して表さないリョウの代わりに、私が私の正直な思いを全て吐き出す事で私も同じなのだと言葉で伝え、リョウの思いを少しでも昇華させてあげたい……
「このままだったら、私よりもリョウと長い時間を
過ごしている五人衆の子達にまでやきもちを
焼いて、八つ当たりをしたり振舞うお茶や料理に
下剤を盛ったりするようになるかもしれません。」
リョウが少しだけ驚いたように目を見開き、それからクッと小さく笑ったので、『毒じゃないところが可愛いでしょう?』 と笑いかけた。
先程までの緊迫感が徐々に下火になっていくのを感じながら、もう一歩足を進めてリョウに体重を預け、僅かに伸び上がって少しずつ顔を近付ける。
「ファーストキスの時に本能で感じた、『何かが違う』
という思い。
あれは相手が同性だったという事ではなく、相手が
リョウだったのだという事に、最近気が付いたんです。
私はリョウと出会う前から、本能的に相模良哉という
存在を求めていたのだと。
だから誰とどんな付き合いをしても、いつも心のどこ
かで 『何かが違う』 と感じ続け、誰一人に対しても
独占欲が働かなかったのだと。」
お互いの瞳にお互いのみが映っている事を確認しながら、唇が触れる、ほんの少し手前で動きを止めた。
「リョウ……
もっと私だけを見て。
もっと私の事だけを考えて。
いつでも私と一緒にいて。
でも、一緒にいてくれるだけでは足りないんです。
気持ちが通じていれば、なんて、そんな綺麗事はいらない。
いつだって私に触れてキスをして抱いてほしい……
……誰にもこんな思いなど抱いた事のなかった私はもっと
理性的で落ち着いていて淡白な人間だと自惚れていたのに、
リョウと共にいるようになってからの私は、24時間リョウ
だけに発情を続ける、まるで欲にまみれた動物です。
私をこんなにも貪欲で我が侭で淫らな人間にさせたのは、
誰でもない、相模良哉ですよ?
当然その責任は…取ってくれるのでしょう……?」
柔らかく吹き抜ける潮風に髪を弄ばれながら両手の親指で頬を撫で、視線を合わせたまま少し悪戯っぽく微笑む。
このままリョウに口付けたい……
当然のごとく湧き上がって来る衝動に知らないフリを装って、私は唐突に頬を挟んでいた両手を放した。
唇同士が触れ合うまで、あと3pあるのかどうか。
あとほんの少しだけ首を伸ばせば触れられる、何度味わっても味わい飽きないリョウの唇。
ここまで誘っておいて、けれど最後のその距離を、私はリョウに委ねる。
その距離こそに、リョウの欲を吐き出させる場所を作りたかった。
リョウが自分で私を奪い取るという欲を満たす快感を感じて欲しかった。
そして私も惚れた男に全てを奪い取られるという、甘美な快感を感じたかった……
『ハルカ』
実際に声になっていたのかなっていなかったのか、私には判断がつかなかった。
そんな事を感じ取る隙すらなく、首を掴んでいた右手にグッと力を込められ、力強い左腕で強引に腰を抱き寄せられるなり激しく唇を奪われていたから。