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私が電話で話をしたのは西道さん。
多分健人君に電話をかけさせて、その後交代したのだろう。
私は病院なのだから携帯にかけて来なかったのはわからないではないけれど、それでも西道さんがそうまでして急いで連絡を取ろうとするからには、やはりリョウに何か、と緊張する私に、『奴は殺しても死なんから安心しろ』 と笑いながら否定した。
その西道さんの話によると……


あのお花見の後、添田さんが私を誘ってくださった酒宴の話はリョウが断った。
けれどそれを耳にした黒谷さんが

『十人衆に聞けば、遼と飲む酒は相当美味いらしいなぁ?
 前はお前に付き合わされとったから、近い内にわしも
 遼とゆっくり飲ませてくれんか?
 十人衆に会わすのが嫌だとお前が言うのなら、この際
 わしと遼の二人っきりでも構わんぞ?』

と言い出したらしい。
立場的に同等の十人衆の方達とは違い、さすがに黒谷さんに言われれば何も言い返せないリョウは、取りあえずはいつもの事だと聞き流して話を逸らしていた。
けれどあまりにも何度もからかわれる上に、詳しくはわからないものの元々あまり気の進まない仕事を任されていたというタイミングもあって、いい加減我慢の限界が来てしまったらしく、『少し頭を冷やして来ます』 と言い残し、何の関係もない、必死で引き止める五人衆の子達にすら怒りに満ちた一瞥をくれながら、一人で事務所を出てしまったと言う。

『俺が掛けても五人衆の誰が掛けても携帯に出ようとしない。
 だが良哉の事だから、行く先なんぞお前の所に決まっている。
 五人衆が今の時間なら多分お前は病院にいるというので
 そっちに電話したんだが、そんな経緯で病院なのか家な
 のかに良哉が顔を出すだろう。
 まぁ今回はからかい過ぎた会長が悪かったから、今日は
 このままヒマを取らすと良哉に伝えてくれるか。
 あ?会長か?
 会長は 『今の良哉の顔を見たか?』 と相も変わらず楽し
 そうに笑っているだけだ。
 お互いデカい大人の子守りは大変だが、会長は俺が引き受
 けるから、あぁなったら誰一人手が付けられんクソガキの
 若頭はお前に任せたぞ』

そう言って、『遼も色々あるが、俺も結構苦労しているだろう?』 と笑った西道さんと電話口で苦笑し合い、『保証は出来ませんが、まずはリョウを探して西道さんの苦労が少しでも軽減されるように努力してみます』 と笑って返した。


****************


西道さんとの会話を思い出している間静かに走り続けている車中では、広々としたシートにゆったりと腰掛けたリョウが無言のまま左手でハンドルを握り、右手で窓枠に頬杖をつきながら慣れた様子で運転をしている。

リョウが運転する姿を見るのはこれで2度目。
私の実家である札幌に行った時に見たのが初めてだった。
それまで五人衆の誰かが運転している車に乗る姿しか見た事がなかったので、

「運転出来るんですか?」

と驚いて思わず聞いた私に

「若頭になる前は、俺が今の組長の五人衆だったんだから
 当然だろう?」

とリョウは苦笑しながら答えた。
五人衆の子達の仕事を思い出し、それもそうですね、と笑って返すと今でも時々運転するのだと聞かされ、それに驚きながら普段のリョウの動きを思い起こさせるような、決して粗くはない流れるような動作の一々に目を奪われた。


あれから色々な事があったな、と何だか懐かしく思いながら運転席のリョウを眺める。

車の進んでいる方向を見ればどうやら向かっているのは家ではないようで、リョウがどうするつもりなのかは全くわからない。
けれど普段私達が二人きりになれるのはもっぱら家の中だけ。
もちろん五人衆の子達がリョウを守る為に常に一緒にいてくれる事は、心からありがたいと感謝している。
それでも想像もつかなかったこんな形で二人でいられる上に、リョウの運転している姿をまた見れたことが私は心底嬉しかった。

機嫌の悪さからだろう、あの時よりも少しだけ運転が粗いリョウとは対照的にとてもウキウキしてしまい、投げ出すように置かれている左足の上にそっと自分の右手を乗せる。

「こんな風に二人で過ごせるなんて夢にも思っていません
 でしたから、嬉しくて嬉しくて体がふわふわと浮き上がっ
 てしまいそうですよ〜。
 だからリョウに掴まっていてもいいですか?」

フフッと笑いながら問いかけると、リョウは頬杖をついていた手を外してハンドルを持ち替え、足の上に置いていた私の手を左手で包む。
そして相変わらず黙って前方に視線を向けたままではあるけれど、それでもしっかりと指を絡ませて手を繋ぎ、その手を自分の足の上に置き直してくれた。

「これで安心してドライブを楽しめます〜」

繋いでいる手の甲でポンポンと軽くリョウの足を叩いて微笑んでから、窓の外を流れ行く景色に視線を向けた。


わざわざ言葉にしなくても、リョウは手を置くだけで私の思いに気付いて手を繋いでくれただろう。
けれど今日のリョウには、何かしらの言葉が必要だと思った。
それも今は特別な言葉ではなく、他愛無い一言がいい。
それでも私の心は常にリョウだけに向いていると、明確に伝わる言葉を選んで。

そんな私の思いにすらやはり気付いたようで、リョウは右手でハンドルを操りながら繋いでいる手を持ち上げ、痛いほど握り締めている私の手の甲に強く唇を押し当てる。
私はリョウの方に視線を向けず、僅かに力を込めて握り返しながら一度目蓋を閉じた。
様々に錯綜しているリョウの思いを、繋いでいる手と触れている唇から全て受け入れられるように。

リョウが唇を離してまた足の上に手を戻したのを機に静かに目蓋を開けると、後は車窓からの眺めに意識を集中した。


今はこれ以上の話は必要ない。
このままどこかに辿り着くまでは、静けさに満ちた二人だけの空間を思う存分楽しもう。