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優しさ

矢追森 視点

今日は日曜日。
本当はトモノリの休日なんだけど、月末は忙しいので書斎で 仕事をしている。
一緒に散歩とか出来るかも?と期待してた僕はちょっと残念だった けど、それでも会社でやらなきゃいけない物をわざわざ家に持って 帰ってきて、一緒に家にいようとしてくれるだけでも充分だった。


さて、まずは洗濯だ。
トモノリが仕事してるんだから僕だって頑張らないと。

全自動の洗濯機を回し、その間に部屋の片付けと掃除機がけを 終わらす。
母親と暮らしていた時は、何年前のだかわからないほど古い 二槽式洗濯機を使っていた。
途中で止まるので、止まる度に電源を入れなおしたり蹴ったり しなきゃいけなくて、洗濯機の側を離れる事が出来なかった。
だけどここの家は全自動。
初めて見た時は脱水までボタン1個で終わっちゃう事に すごく吃驚した。
でも今となっては毎日よく働いてくれる僕のいい相棒だ。
まぁシーツとかをよく汚すので、随分負担をかけちゃってるけど……


取りあえず掃除が一段落したので、
廊下から書斎が見える位置に座ってボーっとする。
ここはトモノリが書斎にいる時の、僕の定位置だ。

ここに住み始めた時から、トモノリは買い物代以外に、月に1度 お小遣いをくれる。
別にいらないと断ったんだけど、使い道は聞かないから好きに 使うといい、と言ってくれた。
だからその優しさに甘えて、3つの使い道に分ける事にした。


まずは貯金。
だってそれをしていないと、トモノリの誕生日に何か買ってあげたり 出来ないし。

そして次が雑費。
たまに雑誌を買ったりどうしても気に入った服があったりした時に 使う。でもあまったら貯金にまわす。

そして3つ目。
これは申し訳ないけどトモノリには内緒にしていた。
僕は以前働いていた時から、自分が食べるのに必要な分だけを残し、 残りのお金は全部母親に渡していた。
別に強制されたわけでもないし、逆にお礼を言われた事もない。
だけど曲がりなりにも僕を生んでくれたわけで、 物心ついて自分でご飯を探しに行くようになるまでは 間違いなく食事を与えて貰っていた筈だ。

何を食べさせてもらってたのかは全く覚えてないけど、 でもそうじゃなきゃ今僕が生きている筈がない。
それに生んでもらっていなければトモノリに会えていなかった。
だからせめてもの感謝を込めて、仕事を辞めた今もお金を渡す事に している。
そうでもしないときっと母親は生きていけないだろうし。


ふと書斎の方を見た。
中ではトモノリが何やら書類のような物を見ながらパソコンを打っている。
それを見ながら僕は思った。


普通ならこういう時、書斎の戸を閉めるものだと思う。
だけどトモノリは絶対に戸を閉めない。
トモノリといるようになってから 急に寂しがり屋になった僕を充分わかってくれていて、 自分が仕事で僕を構えない時も こうやって戸を開けっ放しにして決して僕を閉め出したりしない。

表に優しさを出してくれる事もすごく嬉しいけど、 こういう何気ない優しさにすごく感動してしまう。
そして時々はこっちの方を見て、笑ってくれるんだ。

ほら、今も……


佐倉智紀 視点

シンは俺が書斎で仕事をしている時、必ず決まった位置に 座っていた。
俺がちょっと視線を移せば視界に入る場所にいる。
今も仕事が一段落したので、廊下の方に視線を向けると やはりそこにいた。
笑いかけると、尻尾をパタパタさせて喜ぶ子犬のように、 満面の笑みで答えてくる。

構ってやれなくて悪いな、とは思うのだが、さすがに仕事を放る訳には いかない。
まぁでも今日はいい所まで行ったから、これでよしとするか。
そう思って立ち上がると、シンも同時に立ち上がって 俺に向かってくる。


「仕事は終わった?」

期待に満ちたその顔に、あぁ、と答えると、 そのままシンを抱き上げて居間のソファまで連れて行った。
ギュッと首に抱きついているシンを膝に乗せ、瞼にキスをした後

「いい子で待っていたか?」

と聞いた。すると嬉しそうに瞳をキラキラさせながら話し出す。

「うん!掃除も洗濯も終わらせて、昨日買ってきた花も
 飾ったんだよ。」

そう行って食卓のテーブルを指した。
桔梗が数輪花瓶に活けてある。
その花はきっと母親の元に金を渡しに行った時に買ってきたのだろう。
シンは俺が知らないと思っているみたいだが、 俺も一応未成年を預かる立場としてその親の動向位は調べている。

シンが働いた金を母親に渡していた事実を知った時は、 正直何故そんな親に、と思った。
だがそれがシンの本当の優しさなのだろうと思う。
仕事を辞めた今、きっと金を渡せない事をシンが不安に思っている だろうと思い、小遣いを少し多めに渡す事にした。
その優しさがいつか報われてくれれば良いと望みながら。


「桔梗の花言葉って知ってる?」

以前俺がペチュニアの花言葉を教えてやって以来、シンはすっかり 夢中になり、今では花言葉を確認してから買う事にしているようだ。
いや、知らない、というと、得意げに微笑んで

「『やさしい愛情』って言うんだって。トモノリみたいじゃない?」

と言って俺の首に再度抱きついてくる。

「……そう思ってくれるならありがたいけどな……」

そう答えながらシンを抱きしめ返した。
本当に『やさしい愛情』を持っているのはお前の方だ、と 思いながら……

短所    寝起き