| 寝起き 矢追森 視点
 
夜中にふと目が覚めた。普段こんな事はないのに。窓の外はまだ暗い。時計を見ると夜中の3時。
 なのに隣にはトモノリがいなかった。
 トイレか?とも思ったけど、ベットの中を手で探っても温もりは
残っていない。
 確かに僕はトモノリの腕の中で眠りについたはずなのに。
 どこに行ったんだ?
 いつも通り裸で寝ていた僕は、
寝起きで眠い目を擦りながらシーツだけを体に巻いて廊下に出る。
 すると書斎から電気の明かりが洩れているのが見えた。
 静かに近付くとカタカタとPCを打っている音が聞こえる。
 
そう言えば明後日までに仕上げなきゃいけない仕事があるって
言ってたっけ。 
そう思いながら、そっと顔だけ出して部屋の中を覗き込んだ。パジャマ姿のまま難しい顔をして画面を見ている。
 
こんな夜中に仕事をしなくても…… 
と思った時、ふと昨夜寝る前にトモノリの腕の中でした
会話を思い出した。 「シン、お前は動物園に行った事があるか?」
 
突然そう聞くトモノリにちょっと驚きながら、 
「ううん、行った事ない。学校の遠足代払えなかったし。」 
「そうか、それなら明日日曜だし行くか?取引先にチケット貰ったんだ。」
 
と誘ってくれた。動物園って一度は行きたいと思ってたんだけど、さすがにこの歳で
連れてってとも言えず、いつもテレビで見ていただけだった。
 だからすごく嬉しかった。
 ……だけど。
 
「でも明後日までに終わらさなきゃいけない仕事があるんじゃなかったっけ?」
 
と聞く僕に、そんなのは何とでもなるから気にしないで寝ろ、と
笑って言ったんだ。 
じゃあトモノリがこうやって夜中に仕事をしているのは、
僕を動物園に連れて行ってくれる為? 僕はトモノリが書斎にいる時にいつも座る定位置に座った。
 トモノリはまだ僕に気がつかない。
 だからその真剣な横顔を見ながら思った。
 トモノリと暮らし始めてもうすぐ1年になる。
 僕の生きてきた世界と180度違う世界にいきなり飛び込んで、
正直戸惑う事の方が多かったように思う。
 
だけど、出会った当時は全く声を聞かせてくれなかったトモノリが、
沢山沢山話をしてくれるようになり、次から次へと色んな事を
教えてくれ、親にさえ放っておかれていた僕をすごくすごく大切に
守ってくれている。どんなに僕が戸惑っても悩んでも、いつでもその隣には
トモノリがいた。
 
今でも好きだと口に出しては言ってくれないけれど、
全ての行動が僕を好きだと言ってくれている気がする。ずっとずっとこうやってトモノリと一緒に生きていきたい。
 
……でも、こんなに幸せで良いんだろうか…… 
いつも不安に思う。起きたら全てが夢だったんじゃないかと心配になって、
眠れなくなる夜もいまだにある。
 だけどそんな僕にいつもトモノリが言う。
 
お前がいる事の方が夢のようで、俺は毎朝起きると同時に必ず
お前がいる事を確認して安心するんだ、と。 佐倉智紀 視点
 
3日前にチケットを貰ってから、日曜は動物園に連れて行って
やろうと思っていた。以前テレビを一緒に見ていた時に動物園の様子が映り、
何も言わずに身を乗り出すようにしてその映像を見ていたシンを
見て、もしかしたら行った事がないのかもしれないと思っていたから。
 
同じ年の子供達が母親の膝の上で遊んでいる間、
こいつは汚い路地裏でゴミをあさって生きてきた。 
今更その期間をなかった事には出来ないが、
俺と一緒に取り戻せる事があるなら取り戻してやりたいと思う。その為なら何でもしてやりたいと俺は思っていた。
 シンを見ていると、たまにフッと消えてしまうのではないかと
不安になる事がある。
 『儚さ』 というものを生まれつき身に纏って生きている気がして、
眠る前にしっかり抱いていても、朝起きた時にいないのでは
ないかと、寝起きと同時にシンの存在を確かめずにはいられない。
 そして俺の腕の中、あどけない顔で眠るシンを見て毎朝安心する。
 
一回り近く年の違う子供に、俺はすっかり骨抜きになってしまって
いた。だが、それでも構わない。
 シンが俺と生きる道を選んでくれるのならば。
 月曜の朝までの仕事がやっと終わり、時計を見ると明け方の5時。
 3時間寝れば大丈夫だ、と自分に確認する。
 久々に仕事をしたな、と伸びをすると同時に廊下を見る。
 するとシンがシーツを巻いただけの姿で、いつもの位置に転がり、
小さくなって眠っていた。
 
一体いつからいたんだ? 
剥き出しになっている肩を触るとすっかり冷たくなっている。気付いてやれなかった事に申し訳ないと思いながらも、
こうやってどこまでも俺を追い求めてくる姿に狂喜せずには
いられない。
 
シンを抱き上げながら書斎の電気を消し、
ベットに戻ってぐっすり眠っているその冷たい体を抱きしめた。そしてシンが起きている時には言わない言葉を、その耳元で囁く。
 
……シンを愛している。一緒に幸せになろう…… 
− 完 − 
 2005/06/24   by KAZUKI 
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