短所
矢追森 視点
最近、僕は勉強を始めた。
小さい頃は、居酒屋やスナックなどの裏に出されるゴミをあさって
食べ物を見つけなければならなかったし、
ある程度の歳になると自分の体がお金になる事を知り、
ゴミをあさるよりは、とその道を選んだ。
だから必然的に学校にほとんど行く事が出来ず、
勉強が全く出来なかった。
だから字が読めなかったり計算が出来ない事が
一番の自分の短所だと思っていた。
トモノリは 『そういうのは短所と言わないんだ』 って言ってくれたけど、
でもせっかくこうやって自由に過ごせる時間を貰ったんだから
少しでも努力したいと思った。
最初トモノリにお願いして中1用の参考書を買ってもらったんだけど、
正直言って全くわからなかった。
問題文自体が漢字だらけで理解できない。
するとトモノリが小学校1年生用のドリルを買ってきてくれた。
僕はもう17歳なのに、随分ランクが下がっちゃったな、とちょっと
いじけたら 『勉強は解ける楽しさを覚えていく事が大事なんだ』 と
言われた。
言われるままひらがなや1+1から始めてみると、
それがあっという間に解ける事が嬉しくなって、どんどん先に
進むようになった。
中1用の参考書を見た時には、やっぱり勉強なんて出来ないかも、と
思ったのに、勉強を始めてから1ヵ月半で僕はもう中学校2年生の
参考書をひろげている。
最初の頃は勉強が面白くて仕方がなく、朝起きてからトモノリが
帰ってくるまでずっとテーブルに向かいっぱなしだった。
だけど、何時間も続けてやれば良いってものじゃない事も教えて
もらい、今ではトモノリが、翌日僕が昼間に勉強しておく事を
宿題として出してくれるようになった。
そして仕事で疲れているにも関わらず、毎晩決まって1時間、僕に
勉強を教えてくれる。
こうやって僕は少しずつ自分の短所だと思っていた面を
克服しつつある。
佐倉智紀 視点
シンは驚くほど物覚えが速い。
元々の素質もあるのかもしれないが、一番の理由はなんと言っても
その集中力。
分厚い参考書の1冊や2冊、俺が会社に行っている間に
終わらせてしまう。
だが、その力はシンの長所でもあり短所でもある。
随分集中力があるな、と言った俺に
「何かに夢中になってると、お腹すいた事も忘れられるんだよ。」
と笑って答えたから。
「じゃあ今までどんな事に夢中になったんだ?」
俺が聞き返すと、う~ん、とちょっと考え込む。
「小さい時は、公園に落ちている石を端から順番に並べて
朝から晩まで数えたり、
蟻の巣の前で巣に入る蟻と出る蟻の数を数えて
その巣には何匹いるのか予想したりしてたな。」
そう言って微笑んだ後、
「ある程度大きくなってからは、路地裏から見える人の数を
数えたりしてた。」
と一瞬顔を曇らせたが、すぐに
「でもね、そうやって数ばっかり数えていたおかげで、
僕数学が好きなのかもしれない。」
と綺麗に笑って見せた。
俺は思わずシンを抱き寄せる。
こうやって一人で健気に生きてきたシン。
もう2度と空腹にさせたりしないと、俺は強く思った。
そして、これからはどんなに集中していても飯を食う事だけは
忘れるな、と耳元で言い聞かせる。
すると俺の胸に埋めていた顔をあげ、
「トモノリがずっと一緒に居てくれたらずっと忘れないよ。」
と真っ直ぐに俺の目を見上げながら唇を合わせてきた。
それを聞いて、ただ一緒に居るだけでは足りないと思ってしまう、
その欲の深さが俺の短所だろうか、と心の中で思いながら
俺はシンの口付けに応えた。
表情
優しさ
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