| 表情 矢追森 視点
 
玄関の鍵を開ける音がする。 
「おかえり〜!」 
僕は何を置いても走って迎えに出る。だってトモノリが僕の所に帰って来てくれる、一番嬉しい時だから。
 
そして最近僕はこの時のトモノリの表情をよく見る様にしている。普段そんなに感情を表に出さない方なんだけど、ただいま、と言って
キスをしてくれる時だけは、今日会社で良い事があったとか
嫌な事があったとか忙しくて疲れたとか、
ちょっとした事が少しだけ表情に表れる。
 
だから僕はそれを見て、ご飯を食べた後はマッサージして
あげようか、とか、先にお風呂に入ってもらってビールを出して
あげた方がいいのか、とか考えるようにしていた。でもトモノリの表情はなかなか判り難くてたまに外れちゃうけど。
 今日は多分……飲みたい日かな?
 
「シン、ビール買ってあるか?」 
ピンポ〜ン、正解♪当たった事が嬉しくて、でへへと笑いながら
 
「もちろん買ってある。じゃあトモノリがご飯作ってる間にお風呂の準備しておくよ。」
 
と僕が言うと 
「……当たったか?」 
と笑いながら言われた。僕は驚いた。
 だって僕がそういう風にトモノリの表情を見ているって事、
言ってないのに。
 何でわかっちゃったんだろ?
 首を傾げている僕の頭をポンと一回叩いて、トモノリはキッチンに
入っていった。
 佐倉智紀 視点
 
キッチンの入り口に立って、シンはいまだに首を傾げていた。でも、ちょっとした事で百面相を繰り広げているシンの表情を
見ていれば、今何を考えているか位すぐわかる。
 だから少し前から、帰って来た時の俺の顔を見て、俺がその先
どうしたいのかを予想していた事にはとっくに気がついていた。
 くるくるとよく変わる表情は、本当にどれも堪らなく愛しい顔だと思う。
 でも最初からそうだった訳ではない。
 初めてシンを買った時、なんて無表情な子なんだろう、と思った。
 見た目が見た目なだけに余計人形のようで、
何とか年相応の表情を取り戻させてやりたいと心から思った。
 だから毎週会う度に、俺が喋らない事に少しずつ悔しそうだったり
辛そうだったり、時には恥ずかしそうな顔を見せ始めるようになって、
俺はそれだけでとても嬉しくなった。
 俺の存在が、シンにとってどんどん特別になっていくようで。
 そして俺の家に住むようになり、見違えるように色んな顔を
見せるようになる。
 それだけでも俺はシンをこの家に連れて来て本当に良かったと思う。
 俺は手招きをしてシンを呼び、小皿を渡して味噌汁の味見をさせた。
 少しだけ真剣な顔をして一口だけの味噌汁を口に含み、
次の瞬間には満面の笑みを浮かべる。
 そんなシンの柔らかな巻き毛を一房掬い取って口付けた。
 後になって家庭の事情やシンの生きてきた世界を知って、
無表情な理由がわかった気がした。
 
愛されなかった子供は笑う事を覚えない。 
全ての人間関係のスタートになる、親子関係が崩壊していた
シンにとって、表情というのは自然に浮かんでくるものでは
なかったのだろう。このままずっと俺といる事で
もっともっと沢山の顔を見せて欲しいと心から望んでいる。
 
仕草   
短所 
 
 
 
  
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