噂
矢追森 視点
最近近所のオバサン達が、僕を見てはコソコソ噂話をしている。
トモノリの家は10階建てのマンションの7階にあって、
住んでる人は家族連ればかりだ。
まあそんな中、僕みたいなのが突然毎日ゴミを捨てに来たり
スーパーの買い物袋を提げて我が物顔に出入りしてるんだから、
話し好きのオバサン達では噂にもなるだろう。
僕自身はそういうのを一切気にしない。
多分僕の父親は白人なんだと思うけど、生まれつき父親は
いなかったし、全く子供の僕を省みないアル中の母に聞いても
そんな事に答えてもくれない。
家庭の事でも見た目の事でも、僕には常に嫌な噂が付き纏ってきた。
でもそんな事を一々気にしてても始まらない。
だから僕は噂話に耳を傾けた事はなかった。
だけどここは僕が生きてきた汚い路地裏ではなく、
一流商社マンとして真っ当に生きているトモノリの世界だ。
僕のせいでトモノリが嫌な思いをしたらどうしよう……
その夜仕事が終わって帰って来たトモノリに、その事を言ってみた。
もしトモノリが困るなら、僕はここを出て行かなきゃいけない。
一緒にいられなくなるのはすごく嫌だけど、トモノリを困らす方が
もっと嫌だ、って。
僕が昼間すごくすごく悩んで考えた結果だった。
そしたらソファに座っていたトモノリが僕に手招きをする。
そして側に寄って行った僕を膝の上に乗せて、チュッと軽く
キスをした。
「シンが平気なら俺は噂なんか関係ない。
俺が困るのはシンがいなくなる事の方だ。」
笑って言うトモノリに、僕はギュッと抱きついた。
「ありがと、トモノリ。」
やっぱりこの人の声はいつでも優しい。
いつも僕を幸せにしてくれる。
僕は沢山沢山感謝の気持ちを込めて、トモノリの唇にそっと
キスをした。
佐倉智紀 視点
初めてその少年を見に行った日から、暇を見てはあの路地裏を
覗いた。
何故こんなに気になるのか、自分でもわからない。
でも路地裏で見掛けた時は何故だかホッとし、いない時は今どんな
奴と一緒なんだろう、といてもたってもいられないような気持ちに
なった。
男にハマッタ同僚を内心馬鹿だと笑いながら、
その男を見に通っている自分。
俺は一体何を考えているのか……
しばらくして、野本が男に入れあげているという噂が会社のあちこちで
囁かれるようになった。
もちろん俺が広めたわけではなく、少年と肩を組んで歩いている姿を
会社の奴に見られたらしい。
だが野本自身はそんな噂を一向に気にする事無く、連日のように
路地裏に通っていた。
そして俺も相変わらず路地裏を覗きに行く。
その頃には俺もその少年への思いを少しずつ認めるように
なっていた。
ある日仕事をしている俺の所に、今日の帰りちょっといいか、と
野本が来た。
どうした?と聞いてみたが、後で、とそれだけを言って自分の部署へ
戻っていく。
仕事を早めに切り上げて、以前訪れたバーに俺達は来ていた。
しばらく何も話さず、黙ってウイスキーを飲んでいる野本。
どうしたんだ?と声をかけようとした時だった。
「佐倉、俺本当に振られちまったよ。」
「?」
一瞬訳がわからず返答に困っていると、野本は自嘲気味に笑いながら
言った。
「もう仕事を請けられないって。
あんなに努力したのに、やっぱり仕事としか
思って貰えてなかったんだよな〜。」
……だから本当に振られたと言ったんだ……
確かに金を払っても付き合えないと言われたら、もう手段は
ないのだろう。
これで野本はあの少年と接する事が出来なくなる。
ホッとした気持ちになったのは嘘ではないが、野本が真剣だったのを
知っているがゆえに素直に喜ぶ事は出来ず、複雑な心境だった。
すると野本が先程とは違い、明るく笑う。
「でもな、良い事もあったんだ。
そこまで振られてある意味すっきりしたし、実はあの
路地裏で、俺をずっと見ていて好きになったって言って
くれる奴がいてね。」
そう言って残りのウイスキーを一気にあおった。
「変わり身早いと思うんだけど、まあ最初からダメな事は
自分でもわかってたし。
だからそいつと付き合ってみる事にしたんだ。」
と照れ笑いをした。
頑張れよ、と野本に告げ、俺達は店の前で別れた。
でも同僚が諦めたのをみて、すぐに買いに行くのも何となく
気が引ける。
それに何より俺は客になりたい訳ではなく、野本同様あの少年を
自分のモノにしたいと思っていた。
その為にはただ同じ様に客として接するだけじゃダメだ。
まずは何らかの計画を立ててから少年に会いに行こう。
そう決めた俺は、隠し事をするのはさすがに嫌だったので
数日後に野本に真実を話す事にした。
当然最初はとても驚いていたが、すぐに何の嫌味もなく
俺の代わりに頑張ってくれよ、と言ってくれた。
野本自身もその後そいつと一緒に暮らし始めてうまくいっている
らしい。
実は結構可愛い奴でね、と照れ臭そうに言っていた。
そして俺は会社で野本の噂が消えるまで待った。
野本への罪滅ぼしと言う訳ではないが、やはりそれ位は
待たなければ、と。
そして、毎週必ず決まった時間に現れる事で俺の存在を印象付け、
その上で少年が俺を好きになるまで一切口を開かないという
賭けに出る。
案の定少年は俺が現れる時間には必ず路地裏で俺を待つようになり、
俺に声を出させようと必死になっていった。
それを嬉々として見守りながらも、ちょっと意地っ張りで
恥ずかしがり屋で健気なその性格が、見た目より何より俺を
惹き付け、いつの間にか俺の方が夢中になっていく。
少年から初めてのキスを受けた時は、
正直手が震えそうになるのを必死で抑えなければならない程だった。
そしてシンを実際に手に入れた今、周りがどんなに勝手な噂を
立てようが、何があってもシンを守っていこうと思っている。
第一印象
アシ
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