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趣味

矢追森 視点

トモノリの趣味は料理だ。
仕事でストレスがたまっていても、 料理をしている内にいつの間にか嫌な事を忘れるって言っていた。
だから僕にも趣味を見つけろと言う。

最初は趣味など何もなかった僕だけど、最近趣味と言えるものが 二つ出来た。

まず第一番目は買い物。
元々自分の唯一出来る事だと思って頑張ってたんだけど、 トモノリに自転車を買ってもらって以来、僕は買い物が楽しくて 仕方がない。
ここは僕が生きて来た場所と違うから、僕が体を売って 生活していた事を誰も知らない。
そういう気安さもあったし、その上ずっと疎ましいと思っていた自分の 外見が、結構良い物だと思えるようになって来た。

自転車があるおかげで前行ってたスーパーだけじゃなく その先にある商店街にもちょくちょく顔を出すようになったんだけど、 そこの人達がホントにいい人ばかりなんだ。
あんた外人さんかい?と気軽に話しかけてくれて、 お兄ちゃんは綺麗だから一個おまけしてやるよ、と コロッケを一個おまけしてくれたり。

今まで自分が知らなかった世界で、僕はどんどん元気を貰っている。
これも全てトモノリのおかげだ。


それから二番目が掃除。
片付ける事がとても苦手だった僕だけど、 トモノリが服のたたみ方とか部屋の片付け方を色々教えてくれて、 それを覚える事が楽しくて仕方がなかった。
だから今では家の中がピカピカになるぐらい綺麗にしている。

以前は母親が空けた酒の瓶が部屋に沢山転がっていたし、 生まれてこの方母親が掃除するのを見た事がない。
そして僕がトモノリと出会った路地裏も、ゴミが山のように 散乱する場所だった。
それが当たり前だと思って生きてきたけれど、 世の中にはこんな場所もあるって事をトモノリに教えてもらった。
本当に感謝してもしきれない位、僕はトモノリに会えて良かったと 思っている。


そうそう、今日は商店街の花屋のオジサンに紫色の綺麗な鉢植えを 貰ったんだ。
今までなら年上の男の人を見ると、どうやって買ってもらうか?とか 思ってたのに、
『間違って余分に頼んじゃったから兄ちゃんにやるよ』  と言ってくれたオジサンに、そんな事は露程も思わなかった。


僕は居間のサイドボードの上に、その紫色の花を飾りながら思う。

ねぇトモノリ。僕はトモノリの世界に来れて良かった。
今まで、どうやったら客に満足してもらってお金を沢山貰えるか、 空腹に気がつかない為にはどうすればいいか、そればかりを考えて 過ごしていたのに、今では満腹になるまで食べさせて貰って、 こうやって花を飾る余裕も出来た。
それに何より好きな人と一緒に暮らせる。
トモノリ、ホントにホントにありがとう……


佐倉智紀 視点

玄関を開けると、お帰り〜、と言って中からシンが走り出てくる。
ただいま、と言いながらシンに持っていた鞄を渡し、 その期待に満ちた大きな目に応える様に軽くキスを落としてやる。
すると満面な笑みを浮かべ、トモノリトモノリ、と言いながら 次から次へと今日あった出来事を話し始める。
俺の帰りを本当に喜んでいるとわかるこの一時が、 俺の何よりの活力源だった。


そのまま居間に行くと、 サイドボードの上にペチュニアの鉢植えが置かれている事に 気がついた。

「綺麗だな。この鉢植えどうしたんだ?」

と俺が聞くと嬉しそうにシンが答える。

「花屋のオジサンに貰ったんだよ。綺麗でしょ?」

俺は夕食を作る為にYシャツの袖を捲り上げ、 キッチンで手を洗いながらシンに聞いた。


「ペチュニアの花言葉、知ってるか?」

俺の後ろをついて歩きながらシンは答える。

「この花ペチュニアって言うんだ?これの花言葉か。
 全然わかんないな。」

キッチンの入り口に立って、自嘲気味に笑っている。

「これの花言葉は『あなたとなら心が和らぐ』。
 シンにそう言われている様で俺は嬉しかったが?」

俺は冷奴用の豆腐を切りながらそう言ってやった。
その途端シンは俺に後ろから抱きついてくる。
包丁を持っているのに、全く危ない奴だ。
そう思いながらも、抱きついたままにして置くと

「……僕、ホントにそう思ってる。
 トモノリだけが僕の安心できる場所だよ……」

とシンは言って、この細い体のどこにそんな力があるのだろうと 思わせる位力を込めて抱きしめて来る。
俺は包丁を置き、シンに向き直ると

「……俺もだよ……」

と言ってその顔を指で上げさせ、ゆっくりとその唇にキスを落とした。

アシ    口癖