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口癖

矢追森 視点

トモノリと暮らし始めたばかりの時、親はどうした?と聞かれた。
そりゃ当然だ。どうみても僕は未成年にしか見えない。
男娼なんてやってる位だから、それなりの理由があるんだろうと 思ってくれていたみたいだけど、やっぱり一緒に暮らす以上 トモノリにはきちんと話しておかなきゃいけないと思った。
元々隠すような事なんてないし。
だから僕は全部話した。
父親がいない事も母親がアル中で僕に一切構わない事も 自分で稼がなければ生きてこられなかった事も。


僕は別に自分の育ってきた環境を嘆いた事はない。
だって周りには僕みたいな奴ばっかりだったし、僕よりひどい奴だって 沢山いた。
殴られたり蹴られたりして暮らす奴より、 いっそ誰にも構われない自分の方がよっぽどマシだとさえ思ってた。
だからどうって事はなかったんだ。
なのに……


隣に座っていたトモノリは何も言わずに僕の話を最後まで聞いてた。
そして話し終わった僕の頭を優しく撫でて、 良く一人で頑張って来たな、と言った。
それを聞いた瞬間涙と嗚咽が急激に溢れ出る。

声をあげて泣くなんて、きっと赤ちゃんの時以来だろう。
泣けば母親の酒瓶が飛んで来る。
だからどんなに嫌な事を言われようが、どんなに客に嫌な事を されようが、声を出して泣いた事なんかなかったのに、 トモノリの温かい手の温もりに堪らなくなった。


トモノリは僕を優しく抱きしめて、大丈夫、俺がいる、と 何度も何度も言いながら頭を撫でてくれた。
その言葉はあっという間に僕の中に浸透する。

愛なんて、口先だけの奇麗事だと思ってた。
そんなモノがあったってご飯が食べれるわけじゃない。

そう思って生きてきた。
だけど、その時本気でこの人を愛してると思った。
そして愛して欲しいと。

トモノリはその後も、俺がいる、と
何かがある度に口癖のように言い続けてくれている……


佐倉智紀 視点

最近シンは、トモノリトモノリ、と口癖のように俺の名前を呼ぶ。
別に嫌な訳ではないし、逆に嬉しいと言えば嬉しい。
だがそんなに連呼しなくても、とたまに苦笑がもれる事がある。

先日、何故そんなに俺の名前を呼ぶんだ?と聞いた。
すると赤くなって不貞腐れた様に、だって、と言い

「トモノリの名前好きだし。
 それに、なんかその方が近くにいれる感じがするから……」

と言った後、

「トモノリが嫌なら止めるよ!じゃあ何て呼べばいいんだよ?
 お前、とか言えばいいの?!」

と急に怒り出す。
全く変な所で気が強いんだから。


白い頬を真っ赤になるまで膨らませて、 大きな茶色の目で睨んでくるシンの手を引っ張って 俺の腕の中に囲い入れる。
そしてシンに、お前、と呼ばれる図を想像してクスッと笑いながら

「シンが俺を呼ぶならどんな呼ばれ方でも構わない。」

と言ってやった。するとさっきまで怒っていたくせに、 急に笑顔になって

「ホント?!じゃあやっぱり『トモノリ』がいい!」

と言いながら抱きついて来る。
やれやれ、と思いながらも、そんなシンが愛しくて堪らなかった。

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