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そんなある日の夕方、一日一度きりのご飯であるコンビニの肉まんを一緒に食べながら 森が口を開いた。

「僕、今日こそあの客に断ろうと思ってる。」

あの客とはもちろんあの人の事だろう。

「どうして?何か嫌な事されたのか?」

すると森は少し困った顔で首を横に振った。

「その逆。
 色々くれたりお金をはずんでくれたりするけど、どうしても
 仕事以上に思えない。
 だからもう物を貰ったりできないし、相手にも悪いから……」

「……ふ〜ん、そっか。
 そう思うなら森が思った通りにすればいいんじゃないか?」

「そうだね、ありがと、仁志」

丁度その時他の奴らがそれぞれ持ち場に立ち始めたので、俺達も 自分の持ち場に戻った。

けれど頭の中はぐちゃぐちゃだった。
森が断ってしまえば、きっとあの人がここを訪れる事はなくなる。
そうなればもう二度とあの人に会う事なんか出来ないだろう。
だけどあの人と俺の世界が全然違うんだって事ぐらい最初からわかっていた。
それがたまたま森を気に入ってくれたおかげで、こうして何度もその 姿を見る事が出来たんだ。
だからもう会えなくてもしょうがない。
これ以上何かを望んだら、きっとまた罰が当たる。
何かを望んだり何かを求めたり、そんな贅沢は俺には許されない。
今までみたいに諦めれば済む事だ。
それでいい。
それ以外の生き方なんて、俺は知らない……


……来た。
いつも通り真っ直ぐ森に向かって歩いていく。
俺はその様子を黙って見つめていた。
すると森がやはり断ったようで、いつもより長めになんだかんだと 話した後、溜息を吐いて肩を落とし、また俺の前を通り過ぎて独りで路地 裏を出て行った。
これで最後だ……

ドクンドクンドクンドクン……

心臓が激しく脈打っている。
視線を下に落とし、根が生えたように動けない自分の爪先を見つめた。
ひまわりがどんなに頑張って首を伸ばしても、決して太陽に手が届く事はない。 どんなに望んでもどんなに求めても、決して太陽が自分のものになる事はない。
だから諦めたほうが楽なんだ。

ドクンドクンドクンドクン……

……だけど、それでもひまわりは毎年毎年太陽を求めて首を伸ばし、精一杯花開き、 そして必死で太陽を追い続けずにはいられない……

次の瞬間、地面に張り付いていた足を無理やり持ち上げて路地裏から走り出た。
そして肩を落として歩いている人の背中を全速力で追いかけ、気付いた時には スーツの袖を右手で掴んでいた。


慌てた様に振り返り、はぁはぁと肩で息をしている俺に視線を向けた眼鏡の奥の瞳を 見た途端、腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。

「な、なんだ?どうしたんだ?」

そのまま下を向いてしまった俺の頭に、戸惑った声をかけてくる。
いくら路地裏の近辺とはいってもそれなりに人通りはあるのだから、 普通なら無理やり手を引き剥がされるとかしてもおかしくない。
だけどその人はそれ以上何も言わずに袖を掴ませたまま、黙って隣にしゃがんでくれた。
その優しさが堪らなかった。

右手で袖を掴んだまま不自由な左手を口にあて、涙が溢れ出さないよう 必死で歯を食い縛った。
そして少しずつ顔を上げるとその人は俺の顔をまじまじと覗き込み、その直後優しく微笑みながら片手で頬に触れた。
あの時と同じ様に、大きくて、温かい手。
相変わらず優しいその笑顔と手が、ずっと冷え切っていた俺の心に温もりを染みわたらせ、その温度差に思わず震える。

何か言わなくちゃ、と思った。
だけど何を言ったらいいのかわからなかった。
自分でも何故追いかけてしまったのかわからなかった。
だからあの時の事を覚えている筈もないこの人に、自分でもわからない事をうまく説明できる自信がなかった。
その俺の口から震える声で漏れた言い訳は……


「……ろ、路地裏で見ていて…好きになったんだ……」