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「ちょ、ちょっと、ヒロ、あの……」


あの後眼鏡を外してチェストの上に置いたヒロに、何も考えられなくなるぐらい沢山の激しいキスを返されながら上に着ていたTシャツもパーカーも全て脱がされ、そのままベッドの縁に座らせられていた。
そしてフローリングの床に膝をついたヒロにジーンズのボタンとファスナーを外されていく。

仕事のおかげで場数だけは人並み以上に踏んでいる俺は、この先に何が起きるのかわかっているつもり。
だけどいつもは逆の立場だった。
だから余計に焦る。
ヒロにそんな事させられない。
なのにヒロは一向に構う事無く 『ちょっと腰上げて』 とか言って、思わずその言葉に従ってしまう俺のジーンズを下着ごと一気に引き降ろして脱がせてしまった。
そしてさっきの台詞に行き着く訳だけど。


「やっとお互いの思いが通じたんだから、思う存分仁志を
 愛したいし、愛して欲しい。
 ダメか?」

ダメかって言われても……
俺を見上げてくる、少しからかいを含みつつも欲望に燃えているヒロの目を見て、断れるわけなどない。
だけどこれからヒロにされるであろう行為を考えるだけで顔から火が出そうになってしまい、下唇を噛み締めながらどうしたらいいのかわからずにうろたえた。

「……仁志、その反応可愛すぎだ。」

視線を合わせたまま、さっきのキスで半分反応していた俺のモノを包み込むように優しく手で握って舌先を這わせてくる。

「……あっ……」

そのまま熱い口腔に含まれて滑らかな舌を絡められ、一気に勃ち上がっていくのが自分でもわかった。
ビクリと自分のモノが反応するのと同時に心も一緒にドキンと跳ねる。
俺も何かしなくちゃと思うのに、繊細な舌の動きに、手で優しく扱かれる感覚に、ただただ頭が真っ白になってしまって次にどう動いたらいいのかわからず、響いている水音がひどく卑猥に聞こえて心拍がどんどん跳ね上がっていく。
初めての時なんかよりもずっとずっと緊張して、すごくすごく恥ずかしかった。


客それぞれに色んな好みがあり、色んな触れ方がある。
それによって自分がどう反応すればいいのか、どうしたら満足させて少しでも金を多くもらえるのか。
体を売る仕事を始めて以来、そんな事だけを頭に置いてこういう行為を続けてきた。
計算なしで誰かに抱かれた事なんか一度もなかったと思う。
それは相手の客も同じ事で、自分さえ良ければいいという抱き方しかしない。
だからこんな風に体中に残る傷痕にでさえ一つずつ大切そうに触れられたら、どうしたらいいのかわからなかった。
客にはちゃんと冷静に対応して来れたにも関わらず、相手がヒロになってしまうとただうろたえる以外何も出来ない俺は、ヒロをがっかりさせるんじゃないかとか、やっぱりお前じゃダメだと言われるんじゃないかとか、不安で不安で堪らない。
するとヒロが俺のモノから口を離して見上げてきた。

「仁志、俺はお前に何かをして欲しいんじゃない。
 俺がどれだけお前を愛しているのかわかってもらう為に、
 お前を抱かせて欲しいと思っている。
 だから俺の全部をもらってくれよ。
 怖い事なんて何もないから。
 まぁ今更いらないと言われても、返品にも交換にも
 応じないけどな?」

最後の台詞に思わず少し笑ってしまった。
するとヒロも優しく笑いながら片手を伸ばしてきて、頬を包みながら目尻のほくろを撫でた。

「不安だったら俺につかまっていればいい。
 余計な事を考えないで、俺だけ感じて俺に任せればいい。
 何があってもお前を傷付けるような真似だけは絶対
 しないから。」

安心させるような瞳を、眉根を寄せて見返しながら小さく頷く。
そして頬を包んでくれているヒロの手にそっと自分の手を重ねて目を閉じ、そのままヒロに身を任せた……


****************


「小さくて可愛いひまわりだな」

その声でハッと我に返って振り向こうとする俺を、外の空気でいつもより少しひんやりとしたヒロの優しい香りが包む。
そして座ったままの背中をヒロの腕が抱き締めて 『ただいま』 と頬にキスをしてきた。
いつもは鍵をあける音を聞いて玄関まで迎えに出るのに、すっかり物思いに耽ってしまってそれが出来なかった事が申し訳なかった。
慌てて 『ごめん』 と言って立ち上がろうとすると、『そのままそのまま』 と笑いながら片手で外した仕事用の眼鏡を食卓に置き、髪にも頬にも目尻のほくろにも次々とキスを落としていく。
外から帰ってきたばかりのヒロの唇は確かに冷たい筈なのに、それでもその場所一つ一つから温かさが伝わってきた。

背中から抱き締められてこういう風にされるのは今までだって何度もあるのに、それでも俺はなかなか慣れる事が出来ず、どうしても身を硬くしたまま頬が赤くなるのを止められない。

「お〜照れてる照れてる。
 お前、何でいつまで経ってもそんなに可愛いかな〜」

クスクス笑いながら耳元に囁かれて恥ずかしさのあまりうろたえていると、いきなりパッと温かい体が離れてしまった。
それを寂しく感じて思わず 『ぁ』 と小さく声を漏らしてしまい、慌てて両手で口を押さえる。
するとヒロが含み笑いをしながら俺の背中に 『おかえりのキスは?』 と声をかけてきた。
赤くなったままゆっくり立ち上がって後ろを振り向くと、ヒロの目が何か愛しいものでも見るかのように優しく細められている。

何か愛しいもの。
それはもしかしたら俺なのかもしれない……
ヒロのおかげで、そう考える位にすっかり図々しくなってしまった。

肌触りのいい、ダークグレーのスーツの襟をおずおずと右手で掴んで左手もその横に添えると、5cmほど高い所にある唇に、背伸びをしながらそっと口付けた。
するとヒロの腕が背中と後頭にまわされ、思っていたよりもずっと激しいキスが返される。
俺がひまわりに特別な思いを持っているのを知っているヒロは、それを見ながら昔を思い出していた事に気付いたのかもしれない。


トクトクと速いリズムで心臓が脈打ちつつ、そのキスに懸命に応えた。
何度も深くキスを繰り返し、ヒロの唇が唾液の糸を引きながら首筋に降りて行く。

「…ん…」

首筋に這わされる舌の動きに思わず声が漏れ、それと同時にすっかり温まったヒロの両手がトレーナーの裾から忍び込んで、緩々と円を描きながら上にあがって来る。
次に与えられる快感を予想してその指の感触に身を震わせていた時、突然 『ギュルルルル』 と俺の腹の虫が豪快に鳴った。

うわっ!ヒロの顔を見て安心したら急に……

一瞬固まったヒロは、その直後吹き出して笑いながら手を止め、俺は両手で赤くなった顔を覆う。

「まったくこの色っぽい展開でそれか?
 ホント、お前って最高だよな〜。
 まぁ今の仁志は俺よりも食べ物の方が欲しそうだから、
 まずは夕飯を食べに行こう。
 なんとなく悔しい気がしないでもないが、今日の俺は
 デザートって事で。」

目に涙を溜めながら相変わらずクックと笑い続けるヒロの肩に、手で覆ったままの真っ赤な顔を埋めた。