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The Star Festival

『rising dragon』の相模良哉と折原遼の場合
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全ての患者さんに笹を配り終わった時には、既にお昼近くになっていた。
夜勤・日勤・夜勤と、続けて32時間以上連続で働いたので、さすがに疲れている。

病院の自室で着替えを終え、家に帰ろうと病院の裏口に向かった。

……あれは……リョウ……?

私がいつも出入りする裏口まで来た時
扉の手前で壁にもたれて腕を組みながら、ジッとこちらを見詰めている
リョウと目が合った。
グレーのYシャツに黒いスーツを着て、相変わらず鋭い視線を向けてくる。
私が微笑むとその目が少しだけ優しくなり、思わずその目にドキッとした。
一緒に暮らし始めてもう随分経つというのに、私はいまだに
その瞳に慣れる事が出来ない。
一瞬で心の奥底まで覗かれ、その全てを喰らい尽くされる様な
甘美な感覚に襲われて、いつも足元から震えが湧き上がる。

……わざわざ迎えに……?

同じ家に暮らしていながら、リョウとは10日も会っていなかった。
私がほとんど病院に泊まりっぱなしだった事もあるし
数日前からリョウも地方で会合があったらしく、家に帰って来ていなかった。
今日帰るとは聞いていたけど、夜だと思っていたのに……

それでも久々にリョウに会えた事が嬉しくて
私は足早にリョウの方に向かう。
後3歩でリョウに触れられる位置まで来た時

「ハルカせんせ〜〜!!」

と後ろから呼ばれた。
驚いて振り返ると、お母さんに車椅子を押してもらい
こちらに笹を振って見せながら近付いて来るモモちゃんの姿がある。
まだ松葉杖に慣れていないモモちゃんの為に、家に帰るまで
車椅子を使う事は聞いていた。

「モモちゃん、退院おめでとうございます。」

モモちゃんの前に笑いながらしゃがんでそう言うと、お母さんが
申し訳なさそうに答える。

「先生、大変お世話になりました。
 お疲れでご迷惑かとは思ったのですが
 娘がどうしても笹をオリハラ先生に差し上げたいと言って……」

「そうでしたか。私は大丈夫ですからお気になさらないで下さい。
 モモちゃん、そう言えば先生に見せてくれるって言っていましたもんね。
 短冊にお願い事が書けたんですか?」

と聞くと、少し恥ずかしそうに頷いた。

「あのね、モモのお願い事、もらってくれる?」

「先生なんかがもらっちゃってもいいんですか?
 でも、すごく嬉しいですよ。
 じゃあ見せて貰えますか?」

そう言うと、おずおずと笹を差し出した。
先程私が渡したピンク色の紙に、たどたどしい文字で

『はるかせんせいのおよめさんになれますように もも』

と書かれている。
私は一瞬目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。

「ありがとうございます、モモちゃん。
 モモちゃんの気持ち、すごく嬉しいですよ。
 でも、申し訳ないのですが、先生にはもう大切な人がいるんです。
 ごめんなさい、モモちゃん。」

と言ってモモちゃんに頭を下げた後、リョウの方を振り向く
私の視線の先を見て、お母さんは吃驚している。
リョウも珍しく目を見開いて私を見下ろしていた。
まぁ、当然でしょうね。


モモちゃんは少し残念そうに首を傾げたものの、すぐにリョウにむかって
無邪気に話しかける。

「おじさんの名前はなんていうの?」

リョウは少し戸惑った後

「……相模良哉、リョウだ……」

と答えた。
するとモモちゃんは予備で渡していた短冊と下敷き代わりのノートを
お母さんから貰うと、何やら書き始めた。
大人3人は黙ってその様子を見ている。
少し悩みながら何かを書いていたが、そのうち自分で、うん、と頷いて、

「ハルカ先生、これなら貰ってくれる?」

と見せてきた。

『ももとはるかせんせいとりょうおじさんが、みんなでなかよくなれますように もも』

と書かれている。
私は、ありがとうございます、と言いながら、
幼いその心で一生懸命考えて書いてくれたその願い事に、深く感動してしまう。
すると私の隣にリョウがしゃがみこんで、モモちゃんの左手を優しく握った。

「ハルカ先生は俺の事を『リョウ』と呼ぶ。
 だからモモもこれから俺の事を『リョウ』と呼ぶんだぞ?」

と言って今まで見た事が無いほど優しい顔で笑って見せる。
その事に驚きながらも、リョウの心に感謝した。
それをモモちゃんも敏感に感じ取ったようで、とても嬉しそうに笑う。

「モモはこれからもまだまだ病院に来なくちゃいけないの。
 リョウもまた来る?またリョウに会える?」

「あぁ。時間があれば、今度はモモにも会いに来る。」

「ホント?じゃあ今度はモモとハルカ先生とリョウと3人で遊ぼうね!
 ね?ハルカ先生、いいでしょ?」

尋ねて来るモモちゃんに、リョウが握っているのとは反対の右手を握った。

「もちろんです。
 いつも会えるとは限りませんが、会えた時には必ず3人で遊びましょうね。」

うん、と大きく頷いたモモちゃんが後ろのお母さんを振り向くと、
先程までちょっと戸惑っていた様子は今は微塵も無く
微笑んで私達3人を見てくれていた。


モモちゃんは短冊を付け直した笹を私にくれた後、頭を下げるお母さんと一緒に
手を振って帰って行った。
私とリョウはお互い無言のまま、手を振って二人を見送る。
小さな願いのこもった笹を大事に抱え、リョウの舎弟君が運転する
黒い車に乗って、自宅のマンションに向かった。