The Star Festival
『rising dragon』の相模良哉と折原遼の場合 - 1 -
7月7日、七夕当日。
大学病院内に沢山の小さな笹が運び込まれ、私、折原遼(オリハラハルカ)は
目の前に並んだ患者さん達に1本ずつ手渡していく。
ベットから動けない患者さん達には、他の医師や看護師達が
手分けをして渡しに行っている。
普段辛い思いをしている患者さん達に少しでも気分転換をしてもらおうと、
一人一人に病院からのプレゼントだ。
「ハルカせんせ〜、モモにも貰えるの?」
自分の番を今か今かと待ちながらやっと自分の番が来て
早速私に聞いてきたのは、1ヶ月半前に交通事故で入院してきた
富樫桃(トガシモモ)ちゃん。
いつものうさぎさんのプリントがついたピンク色のパジャマではなく
フリルのついたデニムのミニスカートを穿いている。
左足のギプスが痛々しいが、経過は思った以上に良好なので
予想よりも早めに外す事が出来そうだ。
今日が退院の日なので、自分に笹が当たるかどうか心配なのだろう。
「もちろんモモちゃんの分もありますから心配しないで下さいね。」
「ホント〜?ありがと、先生♪」
私が笑って答えると、頬をピンク色に染めて喜んでいる。
幼稚園の年長さんである彼女は、公園から飛び出した所で
乗用車に撥ねられ、大腿部開放骨折という姿で救急病棟に運ばれて来た。
私は外科一般どこでも携わるが、元々心臓血管外科が主だし
その上救命救急医ではない。
なのでどうしても人手が足りない時だけ手伝っているのだけど、
うちの病院は結構救急医の人数を用意しているので滅多にそんな機会は無い。
モモちゃんは、そんな数少ないタイミングで出会った子だった。
子供には耐え難い痛みであっただろうに、涙を零しながらも
歯を食いしばって治療に耐えた。
そして必死で私を見詰めてくる瞳に、大丈夫、すぐに治して上げますからね、と
何度も何度も言い聞かせた。
その後はすっかりハルカ先生ハルカ先生、ととても懐いてくれて、
他の医者の治療は痛いと泣くくせに、私の治療では涙を浮かべながらも
じっと私を見詰めたまま我慢する。
とても強烈な印象を受けた子だった。
私のパートナーである相模良哉(サガミリョウヤ)が入院してきた時も、
モモちゃんと同様のパターンだった。
人の縁っていうのは本当に不思議な物だとリョウと一緒に過ごす度に思う。
あの日私が当直医でなければ、あの時間に私が救急病棟にいなければ、
多分私はあの昇り龍に出会う事はなかったと思うから……
「ねぇねぇハルカ先生、短冊はもらえるの?
お願い事を叶えてもらえるんでしょ?」
「そうですよ。モモちゃんは良く知っていますね。
短冊もちゃんと用意してありますから
沢山お願い事をしてみたらどうですか?」
するとモモちゃんは、う〜ん、と少し悩んでから答えた。
「やっぱり1枚だけちょうだい。モモは一個だけお願いするから。」
「1枚でいいんですか?じゃあ何色のがいいのかな?」
「ハルカ先生は何色が好き?」
「ん〜、モモちゃんがいつも着ていたパジャマと同じ
ピンク色が好きですよ。」
「ホントに〜?じゃあモモにピンク色の短冊をちょうだい♪」
無邪気に笑う顔に微笑み返しながら、
予備の分を考えてピンク色の紙を2枚手渡す。
すると短冊と笹を持ったまま、後で見せに来るから!と言って
その小さい体で大きな松葉杖を不便そうに操りながら病室に戻っていく。
彼女はこれから入院中最後の診察を終え、状態を確認した後退院する。
良くなって退院するわけだからもちろん心底嬉しいのだけど、
ハルカ先生、とあの可愛く呼んでくれる声がなくなると思うと
何だか少し寂しい気もした。
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