Thanx!50000HIT!

The Star Festival

『Firce god』の獅紅と如月光鬼の場合


『光鬼(ミツキ)様がお戻りになってから、俄かにこの獅紋殿(しもんでん)も
 活気付きました。
 ずっと塞ぎ込んでいらした獅紅(シコウ)様もすっかり元気を取り戻され、
 私だけではなくシコウ様にお仕えする鬼一同、本当に喜んでおります。
 お怒りになられるとそれはそれは恐ろしいシコウ様ですが
 最近では大変気性が穏やかになって来たように見受けられます。
 それも全てミツキ様のおかげでしょう。
 とても真っ直ぐな気性のミツキ様は大変鬼達から慕われており、
 毎日交代で琴を習いに行く時を皆大変楽しみにしております。
 シコウ様もその事をたいそう喜ばれており、それはそれはミツキ様を
 大切にされています……』


****************


「桜雲(オウウン)!ねぇ、どこにいるの?オウウン?」

台所で書き物をしていた私を如月光鬼(キサラギミツキ)様が
お探しになっているようだ。

「私はここにおります。どうされましたか?」

私が台所から顔を出して尋ねると、途端に笑みを浮かべ、ここに居たんだ〜!と
嬉しそうにされている。
ミツキ様の笑顔には、見ているだけのこちらが幸せな気持ちにさせていただける。

「ねぇ、オウウン。たっくさんの紙をもらえるかな?」

「紙、ですか?それはどれ程の大きさで、何枚必要なのですか?」

尋ねると、う〜ん、と首を傾げながら私共とは違う、爪の短いその指を折りながら
数を数え始める。

「僕の分でしょ、獅紅の分、それから桜雲の分、他の鬼達にも
 配るとして……わかんない。」

「えっ?……ミツキ様にわからないと言われてしまうと、私には
 ご用意するのが難しいのですが?」

「だって〜、鬼達がどれぐらいいるかわからないんだもん。
 じゃあ取り合えず100枚ぐらい?」

「わかりました。100枚ですね?では大きさは?」

「長方形の紙がいいんだけど、ん〜と、これぐらいの。」

そう言って手で大きさを示す。

「それでは一度シコウ様にお伺いして、了承を得てからになりますが
 よろしいですか?」

「うん!ありがとう。
 じゃあオウウンもそれまでに願い事を考えておいてね?」

「願い事?願い事とその紙と、何か関係あるのですか?」

「そうだよ。
 年に1回彦星と織姫っていう星が会える『七夕』っていう日があって、
 その二人が願い事を叶えてくれるの。
 すごくいい話でしょ?だからその紙にお願い事を書いて飾るんだ。」

「何故年に1度しかその星同士は会えないのですか?」

疑問に思った私が尋ねると、腕を組んで眉間に皺を寄せる。

「ん〜、イマイチよく覚えてないけど、彦星と織姫は恋人同士だったんだけど、
 彦星がなんか悪い事して島流しになったとか、そんなんじゃなかったっけ?
 で、年に1回だけ会うのを許されるとか、そんな感じ。」

「……島流しになった悪人が願い事を叶えてくれるのですか?」

何だか全くご利益がなさそうだけど……

「ま、まぁあまり細かい事は気にしないで!
 とにかく願い事を考えておいてね!」

そう言って台所を出て行った。
何だか良くわからない話だけど、まずはミツキ様のご希望を
シコウ様にお伝えしなくては。


シコウ様からお許しを頂き、他の鬼達に紙の準備を頼んだ後
ミツキ様と共に夕食の準備をする。
ミツキ様が初めてこちらにいらっしゃってから、お食事の支度は全て私が
担当させて頂いていたのだけど、最近ではミツキ様がご自分でシコウ様の
お食事を作りたいと申されて、今では二人で準備をするようになった。

『自分で作ったものを好きな人に食べてもらうのって嬉しいんだよ』と
ミツキ様は照れながら申されていたが、そういうものなのだろうか。

好きな人……もしあの方に私が作ったお食事を食べて頂いたら……

……止めよう。
考えても詮無い事にいつまでも囚われていても仕様がない。
あのお方は私のような者が好きになってはいけないのだから……


食事が終わり、ミツキ様が淹れて下さったお茶を3人で頂いている時
シコウ様が口を開かれた。

「ミツキ、オウウンから話は聞いたが、その紙をどうやって飾るつもりだ?」

「そうそう、シコウ、許してくれてありがとう。
 この世界には植物がないから笹には飾れないけど、紙に紐を通して、
 あちこちの柱同士に結び付けようと思って。」

そう言ってミツキ様は部屋に用意されていた紙を
一枚ずつ私とシコウ様に手渡す。
シコウ様はしばらくその紙を眺めた後、ミツキ様に視線を戻された。

「私には願い事などないのだが。」

「え〜?そうなの?そんなつまんない事言わないで、何か考えてよ。
 何でもいいからさ。
 せっかくみんなでイベントをするんだから、やるからには楽しまないと。
 それに長であるシコウが協力してくれないと鬼達も楽しめないでしょ?」

「……では、ミツキの願い事とは何なのだ?」

シコウ様がお尋ねになると、ミツキ様は嬉しそうに口を開かれる。

「僕はね、すごくいっぱいあるんだ。
 鬼達がみんな幸せになりますように、とか
 もっと沢山の鬼達と友達になれますように、とか
 鬼達が琴を弾くのが上手になりますように、とか。」

ミツキ様は無邪気にそう話されているが、私は不安になってきた。
ミツキ様が願い事を話される度に、どんどんシコウ様のご機嫌が
傾いていく様子が目に見えてわかるから。
きっとシコウ様はご自分の名前が出ていらっしゃらないのが
ご不満なのだろう。
そう思ってハラハラしながら見ていると、ミツキ様は一旦間を置いてから
隣に座られていたシコウ様に体毎向き直られた。

「でもね、あまり沢山望みすぎると、彦星と織姫が何をかなえればいいのか
 悩んだら困るでしょ?
 だからやっぱり願い事は一番大事な一つだけにしたの。
 『シコウといつまでも仲良く一緒に暮らせます様に』って。」

そう言って満面の笑みをシコウ様に向けられる。
シコウ様は一瞬その赤い瞳を驚いたように揺らした後
いきなりミツキ様を抱き寄せられた。

「……そのような事、彦星とかいう訳のわからぬ者に頼まずとも
 我に願うが良い。
 ミツキの願いならば何を置いても我が叶えてやろう……」

シコウ様はミツキ様の顔を上向かせて貪る様なキスをされる。
ミツキ様も一瞬ピクッとはしたものの、そのままシコウ様の背中に
手を回されていた。

……私の存在って……

そう思って苦笑しながら部屋を後にしようとお二人に頭を下げた。
するとシコウ様はミツキ様にキスを落とされながら視線を私の方に向け
目だけで頷かれる。
『ミツキ様にあまりご無理をされませぬよう』と小声でシコウ様に
お伝えすると、その目が少しだけ微笑み、そして目を閉じられてミツキ様を
ご自分の膝にお乗せになった。
その様子を見ながら再度頭を下げ、静かに部屋を後にする。

シコウ様とミツキ様が、本当にお幸せそうで良かった。
いつまでもこのままご一緒にお幸せになっていただきたいと思う。
お二人とも、私が心からご尊敬申し上げる方々だから。
私の叶わない思いの分までお二人には幸福になって欲しい……


3日後、鬼達の願いが書かれた沢山の紙を、ミツキ様を初めとして
数十名の鬼達と共に獅紋殿に飾った。
ミツキ様以外はもちろん全員が初めての経験だったものの、皆大変喜んでいた。
シコウ様は結局ご自分では書かれなかった様で、代わりにミツキ様が

『全ての者が幸せになれます様に  獅紅&光鬼』

と書かれている。
私は僭越ながら

『獅紅様と光鬼様に永遠の幸福を  桜雲』

と書かせていただいた。
私が本当に願う二つのうちの一つだから……


****************


今日もいつも通り光鬼様の部屋でお茶を頂いた後、再びこの台所で
手紙の続きを書き出す。

『光鬼様はこちらの世界で様々な事を始められております。
 皆で楽しめるものを、と言われた今日の《七夕》という試みもそうでした。
 鬼達は皆、光鬼様の思いに同調し、大変楽しく過ごしております。
 私も全ての願いが叶うよう、僭越ながらお祈り申し上げました。』

そこまで書いて、私は一旦筆を止める。そしてあのお方の笑顔を
思い浮かべながら再び筆を走らせた。

『……私が心から願う事、二つのうちの残り一つを、
 この手紙の中だけでは書き記しても良いのでしょうか。
 もし本当に願いが叶うのならば……

 麒白(キハク)様、どうか貴方様がお幸せになられますように。
 決して口に出してはならない届かぬ思いではありますが、この桜雲、
 誰よりも麒白様の幸福を心よりお祈り申し上げております……』

カタン、と筆を置き、書き終えた手紙を折り畳んだ後、再び筆を持ち上げて
表に『麒白様』と書き、裏に『桜雲』と書く。
しばらくそれを眺めてから懐に手紙をしまい、台所を後にした。


自分の持ち場に戻り、他の鬼火達を眺めた後、空の向こうに
麒白様の姿を思い浮かべる。
空を自由に飛び回るそのお姿に、何度目を奪われたかわからない。
真っ白に光り輝くそのお姿に、低すぎないその軽やかな笑い声に
何度心を揺さ振られたかわからない。

……誰をも蕩かすあの笑顔が、どうかいつまでも曇る事がありませんように……
……どうかいつまでも麒白様がお幸せでありますように……


そして私はいつも通り鬼火に姿を戻す瞬間
決して麒白様に渡す事のない手紙を、自らの炎で焼き尽くす。
手紙と一緒にこの思いも焼き尽くしてしまいたい、と願いながら……

− 完 −



誤字脱字や感想等何でもOKです。
一言頂けるととっても励みになります♪(改行できます)
お気が向いたらで構いません。お返事はTHANXページで……