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spring storm(春嵐)
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「右京」

食事が終わって一段落したところでリョウが口を開き、峻君と何やら話をしていた右京君が慌てて姿勢を正しながら 『土岐』 と声をかけた。
言われた土岐君も姿勢を正しながら、胸ポケットから少し厚みのある封筒を取り出して私に手渡して来る。
他の子達も少しテーブルから離れて両手を膝の上に置き、軽く頭を下げた。

何の変哲もない白い封筒の中には数枚の写真が入っていて、それを取り出して見てみると、予想通り全て私が黒神桜を纏っている姿だった。
それも十人衆の方々にお酌をしている場面や、添田さんに注いでもらったお酒を飲んでいる場面など、どれもはっきりと顔が写っている。
滑稽な女装姿はやはり自分でとても違和感があり、それらを見ながら小さく溜息を漏らした。

一通り目を通し終わってから封筒に戻した写真を土岐君に返そうとすると、『それは遼さんに返す分です』 と首を横に振られる。

「私に?」

いまいち意味が把握出来ずに隣に視線を向けたものの、リョウはただ黙って呑み進めているだけだったので、やり場に困ってしまった封筒を一旦テーブルの上に置いた。


「まずは会長からの伝言です。
 全て滞りなく済んだ礼を言う、との事でした。」

峻君が伝えてくれた言葉に 『こちらこそ様々に手を打ってくださってありがとうございました、と伝えてください』 と答える。

「遼さんの写真は、兄貴の指示に従って顔がわからない
 ものだけ裏に流しました。」

「……顔がわからないもの、ですか?」

真っ直ぐ視線を向けてくる土岐君に、首を傾げながら尋ね返す。
当初の目的は違うところにあったとは言え、『黒神桜に害を及ぼす者には一家が総力を挙げて報復に向かう』 という噂が流れている以上、女装している姿ではあっても顔がわからなければいけないものだと思っていた。

「顔がわからなくても、黒神桜を着ている姿さえ写って
 いれば黒神の昇龍に特別な存在がいるとわかるので、
 それで充分だそうです。」

するとそれまで黙って私達のやり取りを見ていたリョウが、ぐい呑みをテーブルに置くなり突然私の髪をかきあげ、そのまま後ろ頭を掴んで顔を自分に向けさせる。
されるがままに身を任せながらも、少し驚いて目を丸くしながら鋭い瞳を見詰め返した。

「……義理を欠かんよう組の上や十人衆に面通しをさせる
 のはやむを得ないが、余計な奴らにまで顔を流してやる
 必要はない。
 血迷う輩がこれ以上増えた日には、俺は自分でもどうなる
 のかわからんぞ。」

鋭く光る瞳には危険なほどに強い独占欲が溢れていた。
けれどその独占欲の裏に、私を守ろうとしてくれている思いがある事がはっきりと伝わって来る。

何かに支配される事も縛り付けられる事も元々あまり好まない私が、リョウの瞳に捕らえられる心地良さにだけはいつも胸を高鳴らせてしまう。
何があろうと揺るがないその心があるおかげで、私は安心して人生を謳歌する事が出来る。
決して口だけではない、裏付けのある器量を持つパートナーが何よりも心強く、そして愛しかった。

「色々な形で今の気持ちを表したいのですが、さすがに
 彼らには目の毒になりそうですから、後で、でいいですか?」

嬉しさに湧き上がって来る笑みを隠さずに、目を白黒させている五人を横目で見ながらそう告げると、リョウは片方の口端を上げてニヤリと笑う。

「……期待しているぞ」


****************


その後、頬を染めて逃げるようにそそくさと帰ろうとする五人を苦笑しながら引き止め、しばらくの間また様々な会話を交わした。

写真の効果はてき面に現れているらしく、黒神の昇龍が接待を断る理由も、黒神桜を纏う存在がいるからだという事で早速浸透しつつあるらしい。
その噂と写真が広まれば、そうそう結婚話が持ち込まれる事もないだろうという話だった。

それからありがたい事に十人衆の方々は予想外に私を気に入ってくれたようで、来月の寄り合い後に行なわれる酒宴にも私を連れて来るよう添田さんが代表して誘ってくださったらしい。
多分リョウは断ったのだとは思うけれど、何となく興味本位で 『何て答えたんですか?』 と尋ねてみる。
すると相変わらず黙って呑み進めているリョウの代わりに、健人君が目を輝かせながら教えてくれた。

「兄貴は、断ります、と一言言っただけっスよ。
 もちろん答えは皆初めからわかってたんで、最後は笑って
 終わりましたけどね。
 それにしても添田のオジキが咄嗟に何も返せなかったん
 ですよ?
 あの時の兄貴、いつにも増して滅茶苦茶カッコ良かったんで、
 遼さんにも是非見せてあげたかったっスよ〜!
 完璧に惚れ直しますって!」

他の子達も興奮気味の健人君の言葉にうんうんと頷いている。
心遣いをありがたいと思いながらも、私ではなく彼ら達自身がリョウに惚れ直したのだとすぐにわかった。

「それは名場面を見逃したようで残念ですよ」

と答えたものの、純粋な彼らが可愛いやら可笑しいやらで、少し呆れたように溜息交じりで紫煙を燻らせているリョウの肩に顔を埋め、涙が出るほどひとしきり笑い続けた。


※次は18禁※苦手な方はご注意を