一週間後。
黒神桜や襦袢関係は、あの日の翌日黒谷さんがいつもお願いしているという専門の職人さんにリョウがクリーニングに出した。
なので着物はそちらから直接返却される予定になっていたし、新品だった襦袢などは初めから私に買い与えられた物だったので、こちらに戻って来る事になっている。
正直な所汗などで汚れた襦袢を人の手に渡すのは気が引けた。
それに手元にあっても二度と着る機会はないだろう。
けれど自分で洗濯出来る訳ではないし、あの日までの葛藤と決意や覚悟を忘れない為に、戒めとして手元に置いておくのもいいのかもしれないと今では思っている。
今日は夜勤明けの仕事帰り、いつものスーパーではなく少し足を伸ばしてデパートに寄って来た。
3日前から地方に行っていたリョウの帰りは4時頃の予定。
帰宅時間がいつもより早いと聞いた時に、ふと気分だけでもお花見の仕切り直しがしたいと思い、その話をした所快く頷いてくれたので、料理を盛り付ける食器や何かを仕入れて来た。
リョウが帰って来るまで後2時間ほど。
昨日までに準備出来るものは既に終わらせてあったので、手早く残りの料理を作ると、鼻歌を歌いながら買って来たばかりの和食器に盛り付けを始める。
本当はお花見らしく桜をモチーフに使ったものでも、と思っていたのだけど、結局何の模様も入っていない、窯元から厳選して仕入れたという器をいくつか買って来た。
少し値は張ったけれど、いかにも手造りらしい柔らかなゴツゴツ感と、温もりを感じさせる素朴で落ち着いた佇まいに一目惚れしてしまったから。
シンプルなだけに使い勝手は良さそうだし、リョウもこういう方が好きだろう。
和室の床の間には桜の花や御所車などが描かれた飾り扇を置き、玄関には桜の形をした小さなフローティングキャンドルを火を点けずにいくつか飾ってある。
簡単でさりげないこの方法には、なかなか自己満足していた。
とは言っても元々飾りつけのセンスには全く恵まれていないので、雑談をしていた女性の患者さんから折良く聞かせてもらった手法そのままなのだけど。
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準備も一通り終わり、後はリョウが帰って来てから飲み物を出すだけという段になった時、予定より5分ほど早く玄関を開ける音がした。
明日は二人とも仕事だけど、それでも時間はまだ4時なので一緒に過ごせる時間は長い。
あの日以来相変わらずのすれ違い生活だったので、何だかとても嬉しくなっていそいそと廊下まで迎えに出る。
ところが 『おかえりなさい』 と顔を出したのはいいものの、私と目が合うと顎で後ろを示し、少し呆れたような顔をしながら首を軽く横に振ったリョウの後には、『お邪魔します』 と言って五人衆の子達全員がぞろぞろと連なっている。
今回の出張には五人共連れて行くことは聞いていたので、そのうちの2,3人は来るだろうと思ってはいた。
だから余れば包んで持ち帰らせてあげればいいと料理は多めに作ってはあるけれど、まさか全員来るとは想像もしていなかった。
少し呆気に取られながらその光景を眺めていると、歩み寄って来たリョウは片腕で私の頭を抱き寄せ、髪に唇を落としながら小さく溜息を吐いた。
そして顎を上げさせると、当たり前のように軽く唇を合わせてからさらりと頬を撫で、何事もなかったかのように居間に進んで行く。
一連の流れがあまりにも自然過ぎたので抵抗しようなんて思い付きもせず、リョウの香りに包まれて陶然としてしまう。
「地方に飛ぶ前から、遼さんに花見後の報告をする
よう会長に言われていたんで真っ直ぐお邪魔した
んですが……本当にお邪魔ですいません」
右京君が頬を少し赤く染めながら頭を下げていたけれど、その言葉には思わず笑いが漏れた。
「お疲れのところわざわざありがとうございます。
人数は多い方が賑やかで楽しいですから、そんな事は
気にしないでいつでも遠慮なくどうぞ。
思う存分食べて楽しんで行って下さいね。」
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報告は食事が終わってからしてもらう事にして、私とリョウはいつも通りビール、五人衆の子達には桜茶を振舞い、まずは7人で乾杯をする。
リョウは飾り扇や食器が変わった事にすぐ気が付いたようで、いつも通り黙々と飲み進めながらも和室に視線を向けたり食器の手触りを何気なく楽しんだりしていた。
その上全ての料理に箸を付けてその度に目を細めていたので、お花見用に準備したそれぞれに満足してくれている事がわかり、手をかけた甲斐があってとても嬉しかった。
無言のリョウとは対照的に、五人衆の子達は取り分けて渡した料理や食器を口々に褒めてくれたり、色々な話をして笑ったりしながらあっという間に料理をたいらげていく。
それに一緒に笑ったり時々口を挟んだりしつつ、こんな風に平和に過ごせる事が何よりありがたいと心から思っていた。
「五人揃うとやはり賑やかさが増して嬉しいですね〜」
ビールから冷酒に切り替えたリョウに、お酌をしながら小声で話しかける。
すると食器とお揃いで買ったぐい呑みに口をつけながら
「俺はそろそろ解放されたいがな」
と苦笑交じりの言葉を返して来たので、それにはクスクスと声を出して笑ってしまった。