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spring storm(春嵐)
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そっと目を開けると、漆黒の着物に舞い踊る桜吹雪の濃いピンク色が、心の中で流していた自分自身の血の色に見えた。
これは黒神桜に袖を通す者の定めなのかもしれない。
他の奥様達もこうやって心の中で血を流しながら、ヤクザという道を生き抜いて行く自分のオトコ達を、死に物狂いで支え続けて来たのではないだろうか……


「結局いつまでも答えは出ませんでした。
 でも今日西道さんや十人衆の方々から色んな話を聞かせて
 もらい、今までの全てを一つ一つ振り返り、様々に思う所が
 ありました。
 そんな中でリョウが黒谷さんに返した答えを聞いた瞬間、
 既に自分の中には答えがあった事に気が付いたんです。」

勢い良く煙を吐き出したリョウは、昨日私が指でなぞっていた灰皿でタバコを揉み消した。
いつも通りであるそんな事が、こんなにも嬉しくて安心感を与えてくれるなんて……


「……たとえリョウが結婚する事になって、また顔を出す
 だろう醜い自分と向き合わなければならないとしても。
 たとえこの先待ち受ける一つ一つに胸が張り裂けそうな
 ほど苦しんで悩むとしても……」

そこまで口にすると唐突に喉の奥が詰まってしまい、言葉が出て来なくなった。

先程足が止まってしまった事といい、今日の私は少しおかしいのかもしれない。
慣れない経験が重なった為だろうか。
それともリョウや周りの方達の温かい気持ちに包まれて、自分の中の葛藤を乗り越えたからだろうか……

勝手に震えてしまう唇を強く噛み締めながらも、今の思いをしっかり伝えなければと必死で口を開いた。

「……それでもリョウが…生きて…私の許に帰って
 来てくれるなら、それだけで充分。
 私はいつでも……リョウが安心して…帰って
 来られる場所でありたい……だから……」

止まらない思いが言葉を途切れがちにさせ、目の奥を熱くさせていく。
すると静かに伸ばされたリョウの手が優しく頬を包んでくれ、その温もりに冷たく震えている自分の手をそっと重ねた。

この手をいつまでも離したくないし離されたくない。
けれどそれを叶え続けていく為には、並大抵以上の努力が必要なのだと痛感していた。
それでも、それをわかった上で人生のパートナーとしてヤクザであるリョウを選んだのは、誰でもない私自身。
その生き様に惚れ込み、この先も共に歩き続けていきたいと祈るように望んでいるのも私自身。
……だからこそ。

改めて覚悟をし直し、全てのわだかまりやためらいを吹っ切るように顔を上げると、黙って私を見詰めている鋭い瞳と真っ直ぐに視線を合わせながら微笑んだ。

「ヤクザのオンナらしく、一歩も引かずに弱い自分と
 闘い続ける事にしました。
 私が帰る場所も、唯一リョウの腕の中だけですから……」

言い終わるか終わらないかのうちに有無を言わさぬ強引さで引き寄せられ、息が止まりそうなほどにきつく抱き締められていた。
その勢いで突然の驚きに見開いた目から零れた涙が、頬を伝わらずにリョウのYシャツの肩を直接濡らす。

何も言わず、ただしがみ付くように抱き締めて来るリョウの様子に、あの苛立ちの根本が垣間見えている気がした。
私を信じていなかった訳ではなくても、帰り場所を失うかもしれないという駆り立てられるような不安はやはり拭い去れなかったのだろう。

……私はこんなにも愛され……こんなにも求められている……

痛いほどの幸せに、頬を流れ落ちていく熱い涙を止める事はもう出来なかった。


自分が同性しか愛せないのだと気付いた頃、私は恋愛に対してもっと冷めた考え方をしていたように思う。
お互いを必要とする時だけ僅かに心を触れ合わせ、体温を交わし、またそれぞれの道に戻る。
不毛な男同士の恋愛だからこそ深入りせず、気楽に楽しめる一面もあり、当時の私は生涯それだけで充分だと思っていた。
だから特定の人と付き合ったりはしても、お互いの生活や心の中に必要以上に踏み込む事も踏み込ませる事もした経験は無い。
それは普段の人間関係にも言える事で、表面的に広く浅く付き合う方が楽だった。

ところがリョウはいきなり心の奥底に入り込んでそんな価値観をことごとく打ち砕き、ためらう隙も与えず根こそぎ心を奪い取り、きっと私が一番向き合いたくなかった本当の自分自身の弱さを容赦なく突きつけてくる。

私という人間はそもそもプライドが高く、自分の弱さを認めたくない鼻持ちならない人種なのだと自分でも思う。
けれどそのプライドをかなぐり捨ててでもリョウと共に生きて行く道を選び、血を吐く思いでまたリョウに一歩近付こうともがき続ける私の手を引き、周りの物をなぎ倒しながらでも道を作って、まさに全身全霊で守ってくれる。

こんなにも貪欲に、こんなにも純粋に、究極に愛して求めてくれる人など、リョウ以外には在り得ない……


産まれた時からどこにも与えられなかったリョウの帰り場所。
一体どれほどの辛さの中でそれを望んで来たのだろう。
計り知れないほどの心の闇を抱えながら、それでも私だけが帰る場所だと言い切ってくれたリョウに、どこまでも応えられる自分でいたい。
だからたとえ何があろうとも、全力でこの場所と相模良哉を守り通してみせる……


それ以上何も言葉にする事は出来なかったけれど、その代わり自分の涙で濡れていくYシャツの肩に頬を擦り付け、髪にも首筋にも耳朶にも何度も何度も唇を押し当てながら、愛しくて堪らないリョウの背中をそっと抱き締め返していた。


※次は18禁※苦手な方はご注意を