「良哉の体にハジかれた痕があるだろう?」
相変わらず穏やかに話しかけてくれる西道さんの言葉に、えぇ、と頷く。
リョウの左肩口には弾丸が擦めた擦過銃創と思われる7針程度の縫合痕があり、左大腿部には紛れもない貫通銃創がある。
初めてそれを見たのはリョウが病院に運ばれて来た時だった。
入院中様々な検査をする中でその後遺症等についても調べてみたけれど、擦過銃創に関しては引き攣りなどの問題もほとんど無く、貫通銃創に関しても大腿動脈など太い血管からは外れていて、弾があたって骨折をした痕も無かったし、損傷を受けた部分の循環障害も心配無いようだった。
それらといまだに背中に薄く残る刀傷以外にも、リョウの体には所々に傷痕がある。
けれど、その一々の理由を聞いた事はない。
多分尋ねればリョウは答えてくれるだろうけれど、傷の種類から考えても何か事情があるのだろうし、私がその理由を知る必要があると思えばその時にリョウの方から話してくれるだろうと思っていたから。
「タッパでもガタイでも明らかに不利な良哉が、極道の筋を
通す為に、チャカを持った怪物とドス一本でサシの勝負
をしたのよ。
時間にして数分なものだろう。
自分がハジかれる間に相手のアキレス腱を両方掻っ攫い、
喉笛ををかき切る手前まで持っていった。
顔色一つ変えずにな。
いくら図体がでかくてそれなりに経験を積んでいようが、
所詮あちらさんは生まれつき守りのついたお坊ちゃまの
高校生。
魑魅魍魎が跋扈する裏社会を、ガキの頃から自分の
腕一本で生き抜いて来た良哉とは所詮格が違う。
それ以来クィリチの息子は良哉に傾倒してるのよ。
そのせいで更に凶暴化したというおまけ付でな。」
『奴の執心振りは強烈だからな』 というどこからか聞こえた言葉に皆が笑い、私もそれに曖昧に笑ってみせようとしたけれど、アメリカンフットボールのクォーターバックとして鳴らしたというリチャードさんが、その後どんなにリハビリで苦しんだのかを思うとやはり溜息を隠せなかった。
そして、リョウが受けた焼け付くようだっただろう体の痛みにも、そういう道を選ぶしか無かったリョウが、孤独の中で激しい生き様を貫いて来た事にも胸が軋んで張り裂けそうになり、息をする事すら辛かった。
すると向かいに座っている添田さんが優しく笑う。
「極道の上に立つもんとして、素質も資格も充分で尚且つ
カリスマ性もある。
だがその後も見せる戦い振りも手際も業績も見事な分
だけ、全く感情を表さずに一人耐え抜いている姿は余計
見られたもんじゃなかった。
良哉のように親に捨てられた奴なんざいくらでもいるが、
その孤独感を女で紛らわすのがほとんどだというのに、
奴にはそれも叶わない。
だから組にいてオヤジを守る事だけに専念して来たが、
帰り場所がどこにもない奴は、まるで死に急いでいる
ようでな。
それがお前と出会って見違えるように変わった。
だからお前には皆感謝している。
良哉は人の愛し方も愛され方も知らん不器用な奴だから、
あの独占欲にはほとほと困りもんだろうが、それも奴の
一部として目を瞑ってやってくれ。」
他の方も頷きながら笑い、西道さんが、遼、と声をかけてくる。
添田さんの言葉を驚きながら聞いていた私が慌ててそちらに視線を向けると、威厳に満ちたその瞳を優しく細めて私を見ていた。
「カタギである男のお前にそんな真似をさせて悪かった。
だがお前だからこそ会長も俺達もその着物に袖を通させた。
……これからも良哉を頼むぞ」
……数千人の組員の頂点に君臨しているこの方達が、たかだか一般人である私相手にこんな言葉をかけてくださるのも、心を砕いて色々と手を打ってくださったのも、リョウに対してそれ相当の思いがあるからだろう。
以前リョウが、実際に血の繋がった親子以上に盃を交わした者同士の絆は強いのだと言っていた。
確かに本当の親子以上と言ってもいいほど温かく見守ってくださるこの人達がいるからこそ、リョウが組の為に自分の尊い命も人生も、持ちうる全てを捧げるのだと、身にしみて実感する。
実親がどんな人なのかもわからないリョウにとって、この温かさはどれほどのものだっただろう……
「……はい」
一言だけの返事をやっとの思いで返し、そのまま深く頭を下げる。
先程まで痛んで苦しんで悲鳴をあげていたのに、今は感動なのか感謝なのか自分でもわからないまま胸が一杯で熱くなっていた。
「おいおい遼、お前を泣かせたと良哉に知られれば、
それこそ五人衆を率いて内紛でも起こされかねん。
頼むから泣いてくれるなよ?」
西道さんが冗談交じりに言うと他の人達も 『それは勘弁してくれ』 と笑う。
せっかくの好意を無駄にしないよう頭を上げて微笑んでみせると、満足そうに頷いた添田さんが 『飲め飲め』 とお銚子を差し出してくれ、お礼も何も言えないまま黙って頭を下げてそれを受けた。
トントン
襖がノックされる音に全員が動きを止めてそちらに視線を走らせる。
西道さんが 『入れ』 と声をかけると、若衆の人が 『失礼します』 と言って入って来た。
「会長と若頭が到着されました」