「こっちとはやり方が違うから、俺らでさえ散々手を焼か
されるマフィアだ。
たかが高校生のガキに何が出来る、と俺らは息巻いたが、
何も出来ないと思うなら良哉がタマを取られる姿を黙って
見てろ、とオヤジが言うんでな。
まぁ良哉がヤられればこっちも正面切って一暴れ出来る。
だからどいつも逸る血を抑えながらその時を待ってたのよ。
だが結局その時はいつまでも来なかった。」
リチャードさんとは腐れ縁だという事だけ聞いている。
それにしても……
注いでもらったお酒を少しずつ口に含みながら、自分の高校時代を振り返ってみる。
私は家族に守ってもらっているありがたさにも気付かずに、ただひたすら医大に進む為の勉強に明け暮れていた。
内科医の父と小児科医の母、そして母と同じ小児科医を志望して医大に進んでいた姉に囲まれ、自分が医師を志す事に何の疑問も持った事はなかったし、悩みなど姉のように親の後を継いで内科を選ぶか、それとも知識を深めれば深めるほど心を惹かれる外科を選ぶか、将来の展望で迷っていたぐらいなもの。
リョウのように一高校生には到底判断しようもない無理難題を押し付けられ、全く身動きがとれないような状況になど追い込まれた事はなかった。
お互いの命を奪い合い、傷付け合い、日々多くの血が流されていくヤクザの世界で、周りの全てが敵である中に身を置き、一瞬たりとも気を抜く事が出来なかっただろうリョウは一体どんな思いで毎日を過ごしていたのだろう……
当時のリョウの声無き叫びが聞こえるようで、胸が締め付けられるような痛みに襲われる。
それを誤魔化すように、盃に残っていたお酒を一度に飲み干した。
私の様子を黙って見ていた添田さんが空になった盃に再度お酒を注いでくれ、頭を下げてからそれに口を付けると、西道さんが静かにその後を引き継いだ。
「……良哉の奴、いつの間にか陰で独自の情報網を作って
いてな。
今奴が作り上げているものとは比べ物にならんほど脆弱
だったが、それでもクィリチがこっちと手を組みたがって
いる事も、自分と同期の長男が日本に留学しているという
事実を掴むのにも充分だった。
その時はまだ『グリズリー』ではなく『怪物』と恐れられて
いた事もな。
オメルタ(沈黙の掟)に縛られているマフィアの手の内を、
どうやって知り得たのかはいまだにわからんが。
後はそれを利用して揺さ振りをかけてやればいいと会長に
申し出て来た。
だがここは極道の世界。
情報戦だけで決着が着かれちゃ皆の血が治まらん、と
返した会長に、奴はどうしたと思う?」
突然話を振られ、少し驚きながらも酔いが回り始めた頭で懸命にリョウの性格を考えてみる。
リョウは必要とあれば容赦ない手を打つだろうけれど、それでも決して無駄な血が流れる事を望んだりはしない。
「一騎討ち、ですか?」
私の出した答えに、西道さんは笑いながら頷いた。
すると添田さんが、『今思い出してもむかっ腹が立つぞ』 と豪快に笑う。
「ガキの喧嘩に手を出しちゃあ、黒神もクィリチも面目は
丸潰れよ。
かといって勝敗が決まる以上、負けた親は息子の非を
詫びねばならん。
マフィアなんざ元々は筋だのなんだのが通る相手じゃない。
だがこっちと手を組む機会を窺っているクィリチ家ならば、
その手が通用するとも良哉は最初から踏んでいた。
だからガキである自分の立場と相手の息子を利用したのよ。
良哉にすれば一石三鳥の賭けだ。
俺らに手を出す隙を与えず、それだけの事を一人で成し遂げ
られりゃ、さすがに奴を認めないわけにはいかん。
だから俺らへの牽制がまず一つ。
それから血で血を洗う昔ながらの戦争だけではなく、時代の
波に乗った情報戦の重要さを俺ら古株に叩き込みたかった。
それが二つ。
そして三つ目。
将来的にマフィアとのいざこざは避けて通れん。
だがガキの喧嘩で済むうちにクィリチの息子と手を組むのは
容易い。
元々イタリア出のノビレ・アニマは、母国でもアメリカでも
かなりの勢力を誇るからな。
だから各国にも後々の橋渡しを作り上げられる。
……どうだ、遼。
お前のオトコは桁外れに可愛げのないクソガキだろう?」