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spring storm(春嵐)
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庭にあった豪奢な桜とは違い、淡紅色が美しい染井吉野が品良く床の間に飾られた広間では既に宴もたけなわだった。
けれど襖が開いた途端全員が座り直し、『お帰りなさい』 と西道さんに頭を下げる。
壮年である幹部の方がこれだけ揃うとさすがに迫力があり、室内には異様な空気が満ちていた。
黒谷さんと西道さんにも毎回思うことだけど、一人ひとりがそれ相応の規模を持つ組や企業を命を懸けて取り仕切っているだけあり、やはり私のような一般人とは存在自体が違うのだと、その空気だけでわかる。
この方達と対等に肩を並べているのだから、やはり自分のパートナーは凄い人なのかもしれない、と見当はずれなことを思ったりしている私は、一斉に向けられた興味深そうな視線に緊張しているのではなく呆然としているのかもしれない。

促されるまま用意されていたお膳の場所に足を運び、着崩れしないよう気をつけながら座布団の脇に正座をすると、西道さんが簡単に紹介してくださるのに合わせて軽く頭を下げる。
警備の為壁際に並んで立っている男性達の間にはやはりカメラを持っている人がいたけれど、始めに西道さんにお酌をしに行った後はフラッシュを気にする余裕も桜を愛でる余裕も無く、遼、とあちこちからかけられる声に返事をし、挨拶かたがた芸者さん達の合間を縫ってお酌をして回った。


十人衆の方々は想像以上に温かく受け入れてくれた。
次々と声をかけて来ては医療の仕事について色々尋ねて下さったり、着物を眺めては自分達の結婚式を思い出して昔話に花を咲かせたり。

『それを脱がさん事には男か女か見分けがつかん』 とからかう様にかけられた言葉に、『必要であればこの場で脱いでお見せしますが』 と微笑むと、『それは是非とも見たいが、良哉から血祭りにあげられるのは御免こうむるぞ』 と豪快な笑いが返って来たりもして、際どい会話を挟みながらも思いの外和気藹々とした雰囲気に内心胸を撫で下ろしていた。


西道さんに最後に行けと言われていた、高級そうな金縁の眼鏡をかけたスキンヘッドの方にお酌をして挨拶すると、『舎弟頭の添田(ソエダ)だ』 としわがれた声が返って来た。
添田さんという名前はリョウからも五人衆の子達からも時々聞かされている。
黒谷さんや西道さんと同様とても可愛がってくれていて、以前リョウに地酒をくださったのもこの方だった。

『いつもお世話になっています』 と頭を下げると笑いながら頷いてくださり、傍にいた芸者さんに新しい盃を持って来させると、『遼も飲め』 とそれを手渡して来る。
昨日からほとんど何も食べていないし着慣れない着物も苦しかったので、それを理由にお酒は控えようと思っていたのだけど、わざわざお酌をしていただけばさすがに断る訳にもいかないし、添田さんの斜め向かいに座っている西道さんも私に頷いて見せたので、それに頷き返しながら向かいに腰を落ち着けてありがたく受ける事にした。


桜の花が浮き彫りにされた盃は何とも風雅な和の趣があり、それを見ながら、近い内にこんな酒器を用意して気分だけでもリョウと花見酒を楽しもうかと思っていた。

何度かお酒を酌み交わさせてもらい、酒宴に花を添える芸者さん達の見事な歌舞に見蕩れたり、他愛もない話に笑わせてもらったりしているうちに、話の流れで自然と添田さんがリョウの話を始めた。

「良哉はうちの組に来た当初、中坊のクセに可愛げも
 無ければ隙もないガキでなぁ。
 オヤジ(黒谷さん)にしか懐かんし、感情の欠片も
 見せやがらない。
 この世界、何考えてんのかわからん奴も噛み付いて
 くる奴も五万といるが、あの歳でそんな空気を持って
 いるのを見たのはいまだに良哉だけだな。」

懐かしそうに語りながら葉巻特有の重い煙をゆるやかに吐き出すと、『あんなクソガキ、良哉だけで充分よ』 という声が飛び、周りから次々に笑いが起こる。

「オヤジはえらく肩入れしていたが、俺らを含め、そんな
 良哉を良く思うのは誰一人いなかった。
 だがなぁ、それが一変して誰もが一目置くようになった
 のは、奴が高校の時だ。
 当時『Nobile Anima(ノビレ アニマ)(高貴な魂)
 うちのシマに手を出し始めたところでな。
 その片を、良哉に一人で付けさせるとオヤジが言い
 出した。」

「……それってリチャードさんのファミリーの名前
 ですよね?」

思わぬところで出て来た聞き覚えのある名前に驚き、お酒を飲んでいた手を止めて尋ねる。
リョウ達の組が 『黒神一家』 と名がついているように、マフィアの場合は組をファミリーと呼び、リチャードさんのファミリーは 『Nobile Anima』 という名前なのだと以前リョウに教えてもらっていた。

添田さんは盃に口を付け、眼鏡の奥にある瞳に笑みを浮かべながら頷く。
その盃が空になった事に気付き、袂を押さえながら慌ててお酒を注ぐと、私の反応を楽しそうに眺めつつ添田さんもお酌を返してくれたので、『ありがとうございます』 とまたそれを受けた。


※「リチャードって誰?」という方はKIKAKUページ
 お正月小説をお読みくださいね
 ちなみに添田さんがくれた地酒は「首」で良哉が飲んでます(笑)