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spring storm(春嵐)
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土岐君は指示された通り警備に付き、私は西道さんの後に続いて護衛の人達に囲まれながらゆっくりと歩く。
今日は貸切にしてあるという料亭内には、やはり何処も彼処も警備役の男性達が配されていた。
その中には今日はリョウの護衛ではなかったらしい健人君もいて、始めは私に気付かず、私が通り過ぎてから 『ハハハ遼さんっ?!』 と盛大な声をあげて他の人に怒られていた。


足袋を履いている足裏で板敷きの硬い感触を感じながら、廊下の窓から淡いライトに照らし出された庭を時々見るともなく眺めた。
とっぷりと暮れつつある闇にほの白く浮き上がる夜桜は幻想的かつ妖艶で、見るものの心を知らず知らずのうちに根こそぎ奪い去っていくように思える。
まるで昨日からの私自身の心を表しているように、それが怖いような、不安なような、自分にしては珍しく気弱な感じ取り方しか出来なかった。
リョウと一緒に眺めているならば、多分感嘆の声さえあげていただろう自分を思うと、私も随分現金な人間だとせせら笑いが漏れる。


「お前も会長の酔狂な話によく乗ったもんだな。」

斜め前をゆったりと歩いている西道さんが声をかけてきた。

「始めはさすがに迷いましたが、この着物の意味を
 聞かされましたので……」

この着物は黒谷さんが結婚される時に、今は亡くなられた黒谷さんの奥様が初めて袖を通されたもの。
それ以降は西道さんをはじめ十人衆の方々が結婚される際、全ての奥様達が祝言で纏って来た。
それはこの世界では有名で、黒神桜に害を及ぼす者には一家が総力を挙げて報復に向かう、という話がまことしやかに流れているそうだ。
事実この着物を着た奥様達の写真は裏でひっそりと流され、決して手を出してはならないという暗黙の了解があるらしい。

今回はその話を逆手に取り、この着物を着た私の写真を流す事によって黒神の昇龍にそういう存在がいる事を知らせ、以降結婚話が持ち込まれないよう、そしてリョウが接待を受けない理由の噂も消してしまうよう画策しているという話だった。
けれどそれには私が十人衆の方々と顔合わせをしなければ当然義理を欠く事になるので、今回このような形で場を設けたらしい。

それから合田さんのメンツを潰さないようリョウとの結婚代わりに準備されたのは、どこの組でも欲しがっていた何かのルートの一端を任せるという大仕事だったらしい。
『良哉の件が無くても元々合田に任せようと思っとったんだが』 と黒谷さんは笑って言っていたけれど、その仕事を任せる上に、事実上関東の頂点に立つ黒谷さん自身がわざわざ合田さんの元まで足を運ぶという筋の通し方に、異論を唱えられるものは誰もいないのだろう。
それが何のルートなのかは私が知るべきではないと思っているので、聞こうとは思っていないけれど……


「差し出がましいようですが、私が十人衆の方々とお会い
 する際に、わざわざリョウがいない場を選ばなくても
 良かったような気がするのですが……」

それがどうしても腑に落ちなかったので首を傾げながら尋ねると、西道さんはクッと笑った。

「それがうちの会長よ。
 どんなに下っ端だろうが、一度懐に抱え込んだ者の
 為ならば喜んで一肌脱ぐ。
 ましてや良哉は、お前も承知の通り会長にとっても
 組にとっても特別だ。
 だから何らかの手を打つのは言うまでもないだろう?
 だがその代わりいつまでも子供の様なお方なのでな。
 楽しめる機は逃さずとことん楽しもうという腹だ。
 ガキの頃から全く感情を表に出さん良哉が、お前の
 事となると途端に目の色を変える。
 それが嬉しくて仕方ないのよ。
 会長は今頃兄弟のところで、こっちが気になってイラ
 ついている良哉を肴に、のんびりと美味い酒でも飲んで
 いるだろう。」

苛立っているリョウも、その姿を見て楽しんでいる黒谷さんの様子も想像出来過ぎ、思わずクスッと笑ってしまった口元を着物の袖で覆った。


宴が行なわれている広間が近付くにつれ、中から賑やかな笑い声や話し声が聞こえてくる。
時々入り混じっている女性達の笑い声は、多分芸者さんなのだろう。

そして広間の手前まで来ると、襖の引き手に手をかけた男性を一旦止めさせた西道さんが私の方を振り返った。

「だがなぁ、お前の苦労も相当だが、良哉が苛立つ気持ちも
 わかるぞ。
 そんなに艶めかしさを漂わされていれば、お前が男か
 どうかなどこの際問題ではなくなる。
 その色香に血迷う奴が出んよう、良哉の代わりにせいぜい
 祈っているがな。」

軽口を叩いて気分を和ませてくれる西道さんの好意に甘え、ホッと一息吐いてから微笑んで返す。

「どう答えるのが適当なのかはわかりませんが、一応
 褒め言葉として受け取らせていただきます。」

ククッと笑った西道さんは、『遼は遼らしくしていればいい』 と言ってポンと私の肩を叩き、引き手に手をかけたままの男性に襖を開けるよう指示を出した。