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spring storm(春嵐)
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「……うちの組長と五分ですから、何らかの手を打って合田
 組長のメンツを潰さずにうまく話を断り、円く収める為には
 会長に動いてもらうより他に方法がありません。
 兄貴にも俺達にも内容を知らされてはいませんが、会長も
 それ相当の手筈は整えてあるそうです。
 ですがその会長が兄貴に交換条件を出したんで……」

「交換条件?」

一筋の光を見出したようにすぐさま尋ね返したものの、右京君はまたその先を言い淀んで視線を彷徨わせている。

するとビールの残りを一気に飲み干したリョウが、ぐしゃりと握り潰した缶を苛立たしげにガンッとテーブルに叩き付けた。
所在なさげに座っていた3人がビクッと体を竦ませ、リョウのそんな姿を初めて見た私も、さすがに驚いて目を丸くした。

「……俺が会長と断りの挨拶に行く間、花見の席に
 遼を参加させておけという話だ。
 それが嫌なら祝言を挙げろ、とな。」

……リョウのいないお花見に私を出席させるか、それともリョウが結婚するか?

リョウは相変わらず私の方に視線を向けず、先程叩き付けた勢いで床に転がったビールの缶を突き刺すように見詰めていた。
右京君達3人はこれ以上リョウの感情を刺激しないよう、ピクリとも身動きせずに黙って座っている。

私はその様子を見ながらリョウが結婚しなくても済みそうだという事実に何とか冷静さをかき集め、息を呑んでいた為にいつの間にか減っていた呼吸数を増やし、脳に充分な酸素を行き渡らせるようにしながら頭を整理し始めた。


何故私を引き合いに出したのかはわからないけれど、黒谷さんはリョウがどちらを選ぶのか、初めから充分わかっていた筈。
その上でわざわざそんな選択肢を出したのだから間違いなく何か別の意図があるのだろうけれど、それにしてもリョウの反応を見て楽しんでいる黒谷さんの姿が目に浮かぶようだった。
リョウもからかわれているとはわかっていても、黒谷さんの思惑を恐らく理解している以上答えを出さざるを得なく、渋々私をお花見に参加させる方を選んだのだろう。

リョウの立場から考えれば親子の盃を交わしている黒谷さんの言葉は絶対なのだし、ましてや禍根を残さずに望まない結婚話を断ってもらう為なのだから、黒谷さんに感謝こそすれ文句を言う筋合いは一切無い。


リョウの機嫌が悪い理由は、結婚をするからではなかった……


そうわかった瞬間一度に全身の力が抜け、気付いた時には隣に吸い寄せられるようにリョウの肩に顔を埋め、ふぅ〜と大きく息を吐いていた。

「……遼には苦労をかける」

リョウがポツリと漏らした。
諦めにも似た溜息交じりの、どこか不安を含んだ声で。
その声と言葉で、リョウの腹立たしさとさっきのキスに納得がいった。

当たり所のないもどかしさと、独占欲に駆られながらも私を自分のいないお花見の席に行かせなければならない歯痒さと、それによって私の思いがどう動くのかを不安に思う気持ちとで、リョウの心は止めようもない嵐のように荒れ狂っているのだろう。

……けれど元々私はリョウと共にいる為ならばどんな事でもしようと思っている。
それは誰かに強制されたからではなく、私自身がそう望むから。
だからその為になる事ならば苦労でもなんでもないのに……

激しく揺れ動いているリョウの心が強張っている肩から痛いほどに伝わって来て、募っていくばかりの愛おしさに胸が苦しくなった。


長く長く息を吐き、静かに顔を上げながら脚の上で固く握り締められていたリョウの拳にそっと左手を重ねる。
その私の手が指先まで凍り付きそうなほどに冷え切り、その上カタカタと細かく震えていたことで、リョウの結婚話がこれほど自分を動揺させていたのだと改めて気付かされ、その事に自分で少し驚いた。

「……リョウが」

誰に言うともなく呟くように口を開くと、リョウは僅かに私の方に顎を動かし、向かいに座っている3人も、3人同時に縋りつくような視線を向けて来る。
彼らには、どうにもならない状況もリョウの心境も理解出来るがゆえにこれ以上動きようもなく、リョウの機嫌の悪さを抑える為には私を頼る以外になかったのだろう。
けれど私だってどうすれば良いのかなどわからないし、そもそも私に出来る事など何もない。
だから……

「リョウが望まない条件を呑んででも結婚しない道を選んだと
 聞いて、私がどんなに感動しているかわかりますか?
 私が今、どれほど深くリョウに感謝しているかわかりますか?」

自身の震えを止めるようにリョウの手を少し強めに握り、幾分伸び上がるようにして耳元に唇を寄せる。

『……そうでなければ自分が人命を救う医師だという
 事も忘れて、今頃相手の女性を闇に葬っていたで
 しょうから』

声を落として囁きながら耳朶に軽く口付けると、それまで苛立たしさと不安とで強張っていたその肩が、一瞬可笑しそうにクッと揺れた。
それだけで私の気持ちを充分に理解したのだろうリョウは、私の手の甲にもう片方の手を重ね、冷え切っていた手を温めてくれながら微かに苦笑してみせる。

「……遼がムショ行きになれば俺が困る」

ようやく聞けたいつものリョウらしい台詞に、私も思わずクスリと笑う。
そして心の奥深くにまでじんわりと染み入って来るような温もりに安堵感を覚えながら、ホッと息を吐いてもう一度リョウの肩に顔を埋めると、静かに目を閉じていつもの香りを堪能した。