キィィィィーーーーーッッ!!!!ガタンッ!!
電車が急ブレーキをかけたせいで、詰め込まれた乗客たちが一斉に将棋倒しのように揺れる。
ボーっとしていた俺もその勢いで激しくふらついたが、咄嗟に力強い腕が腰にまわされて体毎後ろに引き寄せられ、そのまま宋が右手を壁に突っ張って支えてくれたので取り合えず事無きを得た。
顔だけで少し振り返り 『サンキュ』 と小声で宋に伝えたところで車内アナウンスが入る。
『…電線事故の為…緊急停車を行います…
現在のところ…復旧の時刻は確認されていません…』
……何故今日に限って……
電車内がざわつき始め、乗客達は次々と携帯電話で連絡を取り始める。
俺もこのままなら間違いなく会議に間に合わないだろう。
緊急事態なので、マナー違反だとは知りつつも仕方なく携帯電話を取り出し、多少遅れる旨を秘書の相川(アイカワ)に伝えた。
携帯を閉じてから後ろの宋に 『お前は連絡しなくていいのか?』 と隣の乗客に聞こえないよう小声で訪ねると、宋も小声で 『元々昼出勤の予定だったから』 と返してくる。
俺と一緒に出勤すると言った以上、当然朝から会社に出るものだと思っていた俺はさすがに驚いた。
「じゃあこんな時間に俺と一緒に出て来て、昼まで
どうするつもりだったんだよ?」
「来週顔を出すコンベンション会場の下見にでも
行こうかと思っていたんだが。」
「……なんだよ〜……
だったらわざわざ今日じゃなくても良かっただろ〜?
昨日お前が電車で行くとか我が侭言い出すから、
俺が会議に遅れるハメになっただろうが。」
すると腰にまわされていた腕で更に強い力で後ろに抱き寄せられた。
「……悪かった。
謝るから許してくれ……」
いつものスパイシーな香りに包まれ、思わずそれに安堵感を感じてしまう自分自身に呆れる。
「……もういいから早く離れろよ。」
周りはまだざわついていて俺達が密着している事に気付いてはいないが、そうそう背が低い訳ではない俺達はそれなりに目立つだろう。
宋は渋々少し体を離したが、それでもまだ左腕を俺の腰にまわしたままだ。
「ほら、放せって。」
まわされている左腕を両手で押し下げて離させようとするが、宋は 『誰も気付かないから』 と呟くように言ったまま一向に腕を解こうとしない。
『……大変ご迷惑をおかけしました。
ただいまより運転を再開いたします……』
ガタン……
程なくしてアナウンスが流れるのと同時に再び電車が動き出す。
車内のざわめきは一瞬増したもののすぐにそれも静まり、乗客達は自分の立ち位置を求めてお互いに押し合いへし合いを始めた。
当然俺達の方までその波は押し寄せて来るが、腰にまわされていた宋の腕がもう一度俺を力強く引き寄せ、壁に右手を付きなおしてその圧力を止めてくれる。
密着している気まずさも忘れ、宋が俺を守ろうとしてくれるその気持ちが嬉しかった。
電車が停止していたのは20分弱。
思っていたほどの時間ロスにはならなかったので、少しホッとしながら小さく息を吐く。
今日の会議は先月度の売上や業績の報告、いまいち成績の振るわない店舗に関しての対策や今月の流れなど、月に一度行なっている定例会議。
その結果を持って今週末にある親会社での会議に臨まなければならなかった。
K&Sグループでは、普段全面的にそれぞれの社長の手に方針を委ねられてはいる。
だがその分毎月行なわれる本社会議で葛城副社長の容赦ない詰めが入るので、俺達子会社の社長はいい加減な気持ちで会議に臨めない。
だからこそ俺にとって今日の会議は大事だった。
ふと周りを見回すと車内は身動き一つ出来ないほどのギュウギュウ詰めで、俺達のように密着し合っていてもそれほどおかしくはない。
昨日はあの後も更に宋に喘がされ、睡眠時間も少なければ体力的にもキツかった。
だから鈍行列車のようなのんびりとした電車の揺れが俺を何とも心地よくさせ、車窓から射し込んでくる朝の光が眩しくて目を開けているのが辛くなる。
その上背中に感じる宋の温もりが惜しみなく与えてくれる安堵感に包まれて、すっかり気が緩んでしまった。
たまには甘えさせてもらうか……
そのまま目を閉じて力を抜き、後ろの宋にもたれかかる。
宋は咽喉の奥を鳴らして一瞬笑いながら、さっきよりも深く左腕で俺を抱き込んでくれた。
だがそれを嬉しく思いながら気を抜いた俺がバカだった……