ガタンガタン……ガタンガタン……
まぶしい朝の光に照らし出されている家々。
動き始めたばかりの様々なビルや商店街。
窓の外に流れていく爽やかな筈のそれらの景色を、無理やり詰め込まれた満員電車に揺られ、車輌の隅の壁にもたれながら溜息混じりに眺めていた。
全く何で俺がこんな思いを……
別に俺、中山紘一(ナカヤマコウイチ)は電車が嫌いなわけではない。
わざわざ移動手段に電車を選ぶ事すらある。
だがいくらなんでもこんなすし詰め状態の電車に乗ろうなどとは決して思わない。
それなのに俺を最後尾の車輌の隅に追いやり、ぴったりと背中に張り付いているこの男は一体何を考えているのだろう。
俺は朝から何度目かもわからない溜息を深々と吐いた。
そもそもの発端は昨日の晩ベッドの中で始まった会話。
今俺に張り付いている男、葛城宋(カツラギソウ)が 『泊まる』 と言い出したのが原因だ。
俺達は恋人同士だし、別に泊まる事自体はまったく構わない。
けれど宋は自分の車で朝一緒に出勤しようと言い出した。
さすがにそれは俺には出来ない。
一歩外に出れば、宋と俺は親会社の副社長と子会社の社長という立場だ。
その上司の私用車で朝一緒に出勤するのは部下の手前示しがつかないし、何より仕事は仕事で立て分けておきたいと思っている。
ところが俺がそう言うと、『兄貴とは何度も一緒に行っているだろう?』 と宋はムッとしながら答えた。
「それは宿から戻る時の話だろ〜?
それに俺と宗が親友同士っていうのはどの部下も
知っているんだし、電車なら偶然会ったとかいくら
でも言い訳が聞くだろうが。」
と返すと宋はしばらく考え込む。
そして不貞腐れたように 『じゃあ明日は電車で出勤だ』 と言い始めたので、あまりのバカらしさにそれを鼻で笑い飛ばした。
「あのな〜、俺は明日9時半から会議をするんだよ。
だからどうやっても通勤ラッシュにあたるだろ?
何でわざわざ満員電車に乗らなきゃならないんだよ?
俺は嫌だからな。
それにもう明日の迎えを永倉(ナガクラ)に頼んであるし、
お前も自分の立場を考えろよ〜?」
永倉というのは俺専属の運転手。
前任者が定年退職したので、元々秘書課にいた永倉に一ヶ月ほど前から働いてもらっている。
確かバツイチの子供ナシと言っていたが、歳は俺より3歳上で、なかなか気が利いて仕事も出来る男だ。
なので俺としては結構満足しているのだが……
「……また永倉か。
早く他の人間に替えてもらえと言っているだろう?」
……始まった。
「お前もいい加減にしろよ〜?
子供じゃあるまいし、『紘一を見る目が気に食わない』
なんてバカな理由で仕事を変えさせられるわけないだろ?」
宋は俺と付き合い始めてから、どんどん我が侭な子供に戻っている気がする。
霧島さんには 『今までの分まで貴方に甘える事で精神的なリハビリになっているんじゃないですか?』 と言われ、それならそれで俺の出来る限りで宋を受け入れようと思ったし、甘えてくれるのも嬉しいんだが、それでも時々今のように手が付けられない。
だがこれが一歩外に出ると全くの別人に豹変し、今の姿なんか微塵も感じさせないんだよな〜。
宗といい宋といい、葛城兄弟は何故独占欲が強い上に二重人格なんだ……?
葛城副社長の評判と言えば、非の打ち所が無い、仕事が出来る、クール、常に冷静沈着。
仕事が出来るのは認めよう。
大企業であるK&Sグループを実質的に動かしているのは、社長である宗ではなく副社長である宋だ。
先見の明もあるし決断力もあり、細かい配慮にも長けているから部下達からも絶大な信頼を寄せられている。
それは俺も宋を尊敬している部分だ。
その上元々独身という事と、最近は以前に比べてピリピリした空気が減ったという噂が功を奏したのか、女性社員の間でも取引先でも人気が急上昇しているらしい。
だが……
『明日は何があっても紘一と出勤する』 と先程から俺を羽交い絞めにしているこの男の、一体どこがクールで冷静沈着なんだか教えて欲しい……
俺は大きく溜息を吐いた。
「わかったから。
明日は一緒に電車で出勤するから、その代わりもう
運転手を替えろとか意味の無い我が侭言うなよ〜?」
自分でもつくづく甘いよな、と思いつつ、結局は宋の言う事を聞いてしまう。
もう一度溜息を吐きながら背中を抱き締め返すと、宋の腕が少し緩み、俺を見下ろしながら心底嬉しそうに笑った。
やれやれ、俺はこの笑顔に弱いんだよな……