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首8

あの後絢菜さんとは少し立ち話をしてから握手をして別れた。
最後には 『無理に恋をするのではなく、折原先生のように自然に恋に落ちるのを待ってみます』 と微笑みながら言ってくれた彼女なら、きっと本当に素敵な人を見つけられるだろう。


酔いが残っている体には少し寒いぐらいの外気が気持ち良く、ネクタイを緩め、微かに響く鈴の音に包まれながらのんびり歩いて帰って来た。

パチンパチンと家中の明かりをつけながら居間のサイドボードに向かうと、取り出したワイルドターキーの瓶をテーブルに置き、クリスタルのグラスを持って冷蔵庫に向かった。
オンザロック用の氷をカランカランとグラスに入れ、鼻歌を歌いながら居間に戻ってターキーの蓋を開ける。
トクトクと小気味よい音を立てながら氷の上からそれを注ぐと、床に座りもせずに目を瞑ってグッと一息に飲み干す。
途端に体の芯がカッと熱くなり、一気に酔いがまわっていく心地よさに身を任せながらもう一度グラスに琥珀色の液体を注ぐと、今度はそれをゆっくりと口に含んで芳醇な香りを堪能した。
そしてまた鼻歌を歌いながらその場でスーツの上着をスルッと脱いで床に落とし、ネクタイを外し、Yシャツも脱ぎ捨てる。

上半身に残るのは……首輪のみ。

左手にグラスを持ち、夕方リョウが寄りかかっていたのと同じ壁に目を閉じて素肌の背中を預けると、リョウの動きを思い出しながら手探りでそっと首輪や首筋に指を這わせた。
一口二口とグラスの中の液体を飲み進めながらリョウの鋭い瞳を目蓋の裏に思い描いていると、まるで自分の手がリョウの手に摩り替わってしまったかのような錯覚に陥っていく。

リョウ…早く……
早く……

夕方から燻ぶり続けていた欲望の炎が、家に帰った安堵感と急激にまわっていく酔いのせいで、いまや抑え難いほどに燃え盛り始めていた。


ガチャッ

玄関の扉を開ける音に弾かれたように目を開け、廊下の方に黙って視線を向けていると、喉から手が出るほど待ち望んでいた飼い主の姿が現れた。
壁にもたれかかったまま、琥珀色の液体が半分ほど残っているグラスをカラカラと振り、『おかえりなさい』 と微笑むと、リョウは一瞬驚いた様に足を止める。
けれどすぐにふっと目だけで笑い、左手をズボンのポケットに入れながら私の方に近付いて来た。
それと共に私の体も鼓動もどんどん熱く高鳴っていく。

あと3歩、あと2歩、あと1歩……

目の前まで近付いたリョウは私の手からグラスを取り上げると、喉を鳴らしながら残りを一気に煽り、空になったグラスをカタンと食卓の上に置いた。
そして息を飲んでその喉の動きに見惚れていた私の目を鋭い目で覗き込みながら、右手の指でつつっと私の首筋を撫で下ろしてそのまま首輪に指を這わせていく。
自分で触れていた感触とはやはり全く違う、リョウの官能的な指の動きに思わずピクッと身動きすると、リョウはそれを見ながらニヤリと笑う。

「いい子で待っていたようだな」

「意地悪な飼い主の帰りをひたすら待ち侘びていましたよ」

直接肌に触れて欲しいのに、リョウは左手をポケットに入れたまま、焦らすように右の人差し指を首輪の上に這わせていくだけ。
リョウの動きに合わせてチリンと響く鈴の音が、息苦しいほどに私を取り巻いて来る。

「ご褒美はもらえないのですか?」

焦れったさのあまりリョウの首に両腕をまわしながら強請るように聞くと、ポケットから出した左手でするりと脇腹を撫で上げられた。

「ぁっ……」

ぞくりと肌が粟立って膝から力が抜けそうになり、慌ててリョウの首にしがみ付く。

「……褒美は何がいい?」

唇で耳朶に触れながら小声で囁かれ、ふるりと身震いする私を余所にリョウはまたポケットに手を戻してしまった。
そして私の目を射抜くように見詰めながら首と首輪の間に下から中指を滑り込ませ、ゆっくりとその指をスライドさせていく。

……堕ちて来い……

雄弁な鋭い瞳にそう語りかけられ、堪らず震える息をゆっくりと吐き出す。
首輪と共に仕掛けられた淫らな罠。
リョウは私が最後の一歩を踏み出すのを、目を眇めて待っている。
どこまでも私を狂わせる鋭い視線に貫かれ、完全に罠に堕ちている自分自身に軽い自虐心を覚えつつその瞳に酔い痴れる。

そして私は舌舐めずりをしながら悪戯っぽく微笑み、最後の一歩を踏み出した。

「相模良哉をください……今すぐに」


※次は18禁※苦手な方はご注意を