シリーズTOP



首5

部長が家族でよく来るというホテルの最上階にあるそのフレンチレストランは、カジュアルな中にも品格を兼ね備えていて、肩の力を抜きながら大人の時間を楽しめる雰囲気だった。

ワインの種類も大変豊富で、白を好む部長親子に合わせて私も同じ物を頼み、早速運ばれて来たワインで乾杯をした。

コース料理を既に予約してあったようで、次々と運ばれてくる季節の味覚満載の料理に舌鼓を打ちながら過ごす。
部長は元々話好きなので、奥様が現在旅行に行かれている事や絢菜さんの子供時代の話から始まり、先日行なわれた学会の話やこれからの医学会についてなど、貴重な話を沢山聞かせて頂きながら相槌を打ったり時折質問をしたりした。
絢菜さんはほとんど口を挟む事はなかったものの、少しずつ私がいる空気に慣れてくれているようで、時々視線を向けて微笑むと恥ずかしそうにしながらも笑い返してくれるようになり、ホッと胸をなでおろした。


食後のコーヒーが運ばれて来た頃、部長がハッとしたように胸ポケットからマナーモードにしていたのだろう携帯を取り出した。
受信先を確認して 『病院からだ』 と呟くと、『悪いね』 と言って足早に店を出て行く。
呼び出しだろうか。
こういうのは私自身にもよくある事だし、娘である絢菜さんも慣れているのだろう。
特に何も言わずコーヒーを飲み進めている。
私もコーヒーを一口飲み、何か話しかけようとした時に部長が戻って来た。

「折原君、絢菜、悪いね。
 ちょっと病院に顔を出してくるよ。」

「何かありましたか?」

「一昨日オペを行なった私の患者なんだが、一時的に
 容体が急変したようでね。
 今はもう落ち着いたらしいんだが、念の為様子を
 確認しに行くよ。」

「……そうですか。それはお疲れ様です。
 では絢菜さんは私が責任持ってご自宅までお送り
 しますので、ご安心下さい。
 絢菜さんはそれでよろしいですか?」

部長と私の会話を黙って聞いていた彼女は、『あ、私は自分で帰れますから』 と慌てて首を横に振る。
すると部長が 『折原君、悪いけど頼むよ』 と私の肩をポンと叩いたので、『はい』 と頷いた。


支払いは済ませてあると言う部長にお礼を言い、私達3人は一度店を出る。
そしてホテルの1階で部長がタクシーに乗る姿を見送ってから、心許なげに隣に立ち尽くしている彼女に声をかけた。

「この後何か用事でもありますか?」

「あの、いえ、何もないです。」

頬を染めながら私を見上げ、慌てて首を横に振る。

「それではあと一杯だけ付き合って頂けませんか?
 せっかく招待して下さったのに、絢菜さんご本人と
 まだお話をさせていただいていませんから、少しだけ。
 お父様には私の方から連絡を入れておきますので、
 せっかくの機会ですからいかがですか?
 もちろん無理にとは言いませんから断って頂いて
 構いませんけれど。」

出来るだけ無理強いと思わせないよう笑いかけながら聞くと 『で、は、一杯だけ……』 と言って俯いてしまう。
まさか私と二人きりになるとは思っていなかっただろうから、緊張もしているだろうし不安もあるだろう。

「私はあまりこの辺を知らないのですが、絢菜さんは
 ご希望のお店などがありますか?」

私は基本的にリョウと家で過ごすほうが好きだし、たまに同僚達に誘われて飲みに行く機会はあっても全て人任せなので、女性を誘うような気の利いた店など全く分からない。
なので一応尋ねたのだけど、彼女が迷っているような様子を見せたのでまた口を開いた。

「このホテルの2階にバーがあると案内板で見かけた
 のですが、そちらに行ってみましょうか。」

私の言葉に少しホッとした様な表情を浮かべて頷いたので、彼女の歩幅に合わせて歩きながらバーに向かう。


私は別に女性が嫌いな訳ではないので、こういう純情な彼女を見れば普通に可愛いとも思うし傷付けないよう守ってあげなければいけない存在だとも思う。
けれどあくまでもそれは友人だったり兄妹だったりという感情の域を超えないものでしかなく、やはり性的な意味で女性に触れたいという衝動にはどうやっても繋がらなかった。
それに、きっと私はこの先他の男性に対しても性欲を感じることはないのだろう。

私が求めるのは唯一リョウだけだから。
唯一相模良哉だけが欲しいと、私の全てが常に叫び続けている。
そしてリョウは、その私を望む以上に常に満たし続けてくれている。


ネクタイを直すフリをしながらそっと襟元に指を滑り込ませ、リョウが私を所有している証である首輪にそっと触れてみる。
ネクタイで押さえている為に実際には聞こえない、首輪に付けられた鈴の音が足を一歩踏み出すごとにチリンチリンと鳴っている様な気がして、その度にリョウの腕の中にいるような昂揚感に包まれていた。