| 首4 リョウは私の両手首を掴んだまま、居間の明かりでキラリと銀色に輝く小さな物を目の前にチラつかせる。
 『鍵……』 と漏らした私に 『夜半過ぎには戻る』 と意地悪く笑いながらそれをスーツの内ポケットにしまった。
 
「いい子で帰って来い」 
まだ熱の覚めやらない耳元に囁かれ、そのまま軽く耳朶を噛まれてふるっと身震いをする。リョウは私の様子を満足そうに見ながら僅かに口端を上げて両手首を離し、もう一度首輪に付けられた鈴を鳴らして出て行った。
 
私はその背中を放心したように見送り、玄関の扉が閉まる音を聞きながら深々と溜息を吐く。リョウが私を疑う筈はないので、これは一種のゲームの様なものなのだろう。
 再度溜息を吐きながら待ち合わせまでの残り時間を確認し、慌ててバスルームに向かった。
 昂ぶった体を抑える為に、ざっと冷たいシャワーを浴びてからドライヤーをかけ始めた。
 
シャワーのおかげで表面的にはなんとか落ち着いたものの、先程までリョウの愛撫に翻弄されていた体は、疼くような熱を内包したままその行き先を求めていた。けれどそれを自らの手で吐き出させようものなら、確実にそれに気付くだろうリョウに、どんな目に合わされるかなど容易に想像がつく。
 
カチッとドライヤーを止めて手櫛で髪を整え、鏡に映る自分自身を眺める。滑らかな革製で出来ている首輪は幅が1pほどしかないので、Yシャツの襟を深めにし、きつめにネクタイを締めればなんとか隠せない事はないだろう。
 それにしても……
 驚いている私の反応を見て楽しんでいたリョウを思い出し、クスリと笑いが漏れた。
 
リョウに所有されているという充足感を、こんな風に味わうのもたまにはいいかもしれない…… 
首輪にそっと指を這わせ、喉元に付けられたキスマークの上で揺れている鈴を、チリン、と鳴らしてみる。 意地悪な飼い主が、一刻も早く帰って来る事を願いながら。
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 タクシーを降り、ホテルの方が開けてくれるガラス扉を抜けて暖かなエントランスに足を踏み入れると、天井の高い贅沢な空間は大理石の床や木目の柱や要所要所に置かれた観葉植物で埋め尽くされていて、普段こんな所に出入りしない私はまるで別空間に入り込んだような気分だった。
 
辺りを見回してみても所々で会話を繰り広げている人達の中に部長らしき人物は見当たらなかったので、何となく傍にあった案内板を眺めていると、後から 『折原君』 と声をかけられた。 
「待たせて悪かったね」 
「いえ、私も今着いたところですから」 
振り向きながら答えると、見慣れたスーツ姿の部長とその隣に見覚えのある女性が立っている。 
「ほら絢菜、折原君はお前の為に来てくれたのだから、きちんと挨拶をしなさい。」
 
胸元にレースの付いた薄いピンクのツイードスーツを着て、女性らしさが漂う柔らかいウェーブのロングヘアをした彼女は、入院していた時と違って薄く化粧を施しており、恥ずかしそうに俯いたまま立っている。 
「こんばんは、絢菜さん。お元気そうで安心しましたよ。
 今日はお招き頂いてありがとうございました。」
 
微笑みながら私から挨拶すると、少し顔を上げ、頬をピンク色に染めながら 『こ、こんばんは』 と挨拶を返して来る。 
「悪いね、折原君。絢菜もその内緊張が解れるだろうから、取り合えず
 食事に行こうか。」
 
苦笑した部長に 『私の事はお気になさらずに』 と笑い返し、ロビー奥にあるエレベーターホールに3人で向かった。 
 
 
       
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