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首3

土曜日。

初めは病院から真っ直ぐ待ち合わせ場所に行こうかとも思ったのだけど、やはり通勤服では失礼だと思ったし、多少時間も有りそうなので一旦家に戻ってから外出するとリョウには伝えてあった。
リョウは黙って頷いただけであの後も特にその話題に触れなかったので、私も待ち合わせ場所や時間の予定などを話しただけだった。


玄関の扉を開けるとほのかに温かい家の空気にふわっと包まれ、寒い外との気温差に一瞬ぶるっと震えながら真っ暗な空間に手を伸ばして廊下の電気を点ける。
昨日今日となかなか複雑な手術が続いたので、その疲れを洗い流すために真っ直ぐバスルームに向かった。

シャワーヘッドからザーと勢い良く流れ出す少し熱めのお湯に、しばらくの間うっとりと目を閉じて身を任せる。
本当は湯船にゆっくりと浸かりたいところだけど、そんな贅沢を言っている時間はないので、ようやく心身ともに温まったところで全身をくまなく洗い、キュッとバルブを閉めてお湯を止め、用意しておいたバスタオルでざっと全身を拭った。
ポタポタと水滴の落ちる髪も適当に拭くと、そのバスタオルを腰に巻き、水を飲む為にキッチンに向かおうとバスルームを後にする。


廊下に一歩足を踏み出すと嗅ぎ慣れたタバコの香りがふっと鼻先を掠め、電気を点けていなかった居間の方から煌々と明かりが漏れているのが見えた。
途端にウキウキするような気持ちが湧き上がり、その香りを追うように足早に居間に向かう。
するとやはりそこには隙のないスーツ姿のリョウがいて、食卓脇の壁に腕を組んで寄りかかり、軽く咥えたタバコの先からゆらゆらと煙を立ち上らせている。
無意識に居間の手前で足が止まり、我を忘れてその姿に見惚れていると、ゆっくりと左手の人差し指と中指でタバコを挟み、強く深く煙を吸い込みながら絡みつくような視線を向けて来た。

「今日は遅くなる予定じゃなかったんですか?」

バスタオル一枚の心許ない姿に足元から舐め上げられるような視線を這わされ、トクントクン、と自然と早まる鼓動を誤魔化すように微笑んで歩み寄っていく。
すると最後に視線の止まった私の目を鋭く射抜くように見つめながら、顔だけ少し横に向けてふぅ〜と煙を吐き出し、『すぐに行く』 と答える。
そして食卓に置いてある灰皿でタバコを消すと、目の前まで近付いた私の濡れた髪を荒々しく掴んで否応なく顎を上げさせ、そのまま唇の間に舌を捻じ込んで来た。

苦いタバコの味と香りがする、強引で激しい大人のキス。

たとえ私が普通に女性を愛せる体質だったとしても、こんなに扇情的なキスを一度知ってしまったら、やはり間違いなく一瞬でリョウの虜になっただろう。

「…ん…っ」

髪を解放した手で背中を抱き寄せられ、もう片方の手で胸を弄られながらリョウの舌に自分の舌を絡めて首に両腕をまわす。
抗う余裕を与えないほど強引で、尚且つ官能的な手と舌の動きに、私の快感は着実に引き出されていく。
敏感になっている素肌を愛撫しながら下りて行った手が、まるで苛立ってでもいるように手荒にバスタオルを剥ぎ取ってしまい、無造作に放り投げられたそれは絨毯の上でパサリと音を立てた。
そして荒々しくも繊細な動きで、既に反応を示しかけている私自身を少し強めに性急に扱いていく。

「あ…ぁっ……!」

急激に与えられる刺激に思わず唇を離して腰を引くけれど、当然それを許してもらえる筈もなく、腰にまわされた腕で更に強く抱き寄せられながら、少しざらつく舌に仰け反った首筋をゆっくりと舐め下ろされていく。
焦らすようにうごめく熱い舌に、唾液で濡れた跡が冷えていく感覚に、震える息をゆっくりと吐き出していると、突然噛み付くように喉元を吸い上げられて、ヒュッと息を飲みながら肌を粟立てた。
お互いにゆっくりしている時間はないとわかっているのに、目まぐるしく追い立てられるせいで次々と足元から快感が押し寄せ、その先を望んでしまう貪欲な自分が顔を覗かせる。

煌々と明かりの点いている室内は、私が時折漏らす微かな声まじりの吐息と、リョウが立てる唾液の淫靡な音で満ちていた。

首筋に埋められている顔を両手で引き寄せ、目を閉じながら強請るようにリョウの唇に舌を這わせると、それに応えるべく激しく舌を絡めてくる。
けれどそれと同時に私自身を扱いていた手が急に離れ、その手がスーツのポケットから何かを取り出すような気配がした。
何だろうと薄目を開けてみようとした瞬間冷やりとした感触の物が首に巻きつけられる。
慌ててスーツの胸に腕を突っ張って唇を離そうとするのに、私の力如きではビクともしないリョウは舌に噛み付いて放してくれず、その間に首の後ろでカチャッという音がした。
それと同時にやっと舌を解放してくれたので、狼狽しながら自分の首に両手を伸ばそうとすると、リョウの片手が私の両手首を痛いほどに纏めて掴み上げ、もう片方の手で私の首に付けた何かに触れる。

チリン……

全く予想もしていなかったその音に目を見開きながら鋭い目を見返すと、リョウはお互いの唾液で濡れている私の唇をペロリと舐めてからニヤリと笑った。

「……遼は俺のネコだろう?」

私の首に巻かれたのは……
鍵がかけられた鈴付きの首輪だった。