シリーズTOP



足9

翌日。


作品を仕上げる為に連日徹夜続きだった疲れもあって、あのままぐっすりと眠ってしまった僕は、ふと目が覚めるとまだほとんど寝ている頭で宗さんの温もりを求めて隣のシーツを手で探る。

冷たい……

昨夜、あんなに与えてもらえた温もりがすっかり消えてしまっている事に気が付いて、途端に心許なくなるような不安に襲われた。
枕元に置いてある目覚まし時計で今が何時なのかを確認する余裕もなく、慌てて起き上がって傍にあった大きなバスローブを羽織ると、まだ眠い目を擦りながら不安に追い立てられるように家の中を歩き回る。

宗さん、どこ……?

すると居間に向かう廊下の角を曲がったところで、長い黒髪を後ろで1本に結わえ、洗練された深いグレーの大人なシャツを着た宗さんが居間にいるのが見えた。
キッチンテーブルの脇で窓から射し込む陽射しに照らし出されながら、何かの書類を片手にこちらに背を向け、椅子に腰掛けようともせずに誰かと電話で話している。

良かった、宗さんがいた……

「……えぇ、ではそちらの手配はお願いします。
 それから……」

仕事の電話か……

唯一僕を蕩かせる、男らしくて優しい声にホッとし、まるでその声に引き寄せられるようにフローリングの床にペタペタと足音を立てて宗さんに近付くと、後ろからギュッと抱き付きながら大きな背中にポフッと顔を埋めた。
恥ずかしいという気持ちよりも、どうしても宗さんと離れたくなくて、とにかく少しでもくっ付いて温もりを感じていたかったから。

宗さんは突然抱き付いた僕に一瞬驚いたようだったけど、すぐに小さくクスッと笑って持っていた書類を裏返しにキッチンテーブルの上に置き、上半身だけ振り返りながら優しく頭を撫でてくれる。
そして誰かと会話を続けつつ僕を前に回らせると、そっと片腕で抱き締めてくれながら電話口を少し口元から離し、『少しだけ待っていてくださいね』 と耳元に囁いた。
僕はそれにうん、と頷くと、広い胸に顔を埋めて目を閉じ、宗さんのコロンの香りと安心感に包まれながら、そのままずっと腰に抱き付いていた。


「……さん、柚月さん、立ったまま眠っているんですか?」

「ん……」

気だるいまどろみの中に宗さんの可笑しそうな声が響き、頬から伝わって来る温もりに顔を擦り付けながら、少しずつ重たい目蓋を上げる。

僕、何してたんだっけ……?

何度か瞬きを繰り返してからのろのろと目を開けて声のした方を見上げると、全体重を預けてしがみ付くように抱き付いている体を両腕でしっかり支えてくれながら、クスクス笑って僕を見下ろしている宗さんと目が合った。

「あ!ご、ごめんなさい!」

自分が何をしていたのかに気付いて急激に顔が熱くなり、慌てて腕を解いて離れようとするけれど、宗さんは逆に腕の力を強めて僕を抱き締める。

「夢の中でも私と離れたくなかったんですか?」

からかい半分でかけられる言葉にあの、その、と真っ赤になって言い訳を探していると、宗さんは片手で顎を上げさせて微笑みながら、唇が触れる寸前まで顔を近付けてくる。

「嬉しいですよ、ユヅキ……」

言い終るのと同時に唇を重ねられ、呼び捨てで名前を呼ばれた緊張感とキスの甘さに胸が高鳴った。
寝起きで頭が全く働いていないので、宗さんに嬉しいと言ってもらえた事が単純に嬉しくて、シャツの胸元に両手で掴まりながら背伸びをしてキスを返す。
宗さんはしばらく黙って口付けてから名残惜しげに少しずつ唇を離し、今のキスのせいでポーっと見上げている僕を微かに苦笑しながら見下ろした。

「こんなに無防備に散々煽っておいて、その上で私を
 信頼しきった目をするんですから……
 だから閉じ込めておきたくなるんですよ?」

声が小さかった上に意味が良くわからず、え?と聞き返す僕に、何でもありませんよ、と僕には大き過ぎたせいで肌蹴けかけていたバスローブの前を直してくれながら、『もうお昼も大分過ぎてますから、そろそろ外出する準備をしてくださいね』 と言う。

「外出?僕もどこかに出かけるんですか?」

宗さんはさっき仕事らしい電話をしていたから、もしかしたら急に仕事が入ってしまったのかもしれないとは思った。
でも僕も出かけるって?と首を傾げていると、宗さんは一瞬目を丸くした後に吹き出してしまう。

「徳田さんに会いに行くんじゃなかったんですか?
 柚月さんが行かないと言うならそれはそれで大歓迎
 ですが、それなら昨夜のお仕置きは一体何だったん
 でしょうね?」

「あ……」

突然目の前に昨夜の様々な場面がよみがえり、下を向いて真っ赤な顔を隠しながら、もう一度僕を強く抱き締めた宗さんの笑い声を耳元に聞いていた。


徳田さん、ごめんなさい。
宗さんだけでいっぱいいっぱいで、すっかり忘れてました……