足6
あれから一体どれほどの時間が経ったのだろう……
時間の感覚なんて、とっくに無くなってしまっていた。
完璧な防音設備を目指して作られたというこのマンション。
暑くもなく寒くもなく、適度に室温を保ってくれている空調の音だけが微かに聞こえている。
絵を描いている時はいつもこの静寂が僕の世界を守ってくれ、僕の為にわざわざ引越しを提案してくれた宗さんに心から感謝していた。
けれど今は視界を奪われている事でこの静けさが孤独感をより強く感じさせ、不安なのか焦りなのか、よくわからない負の感覚をじわじわと煽っていく。
部屋に入った時宗さんは電気を点けなかったから、今はきっとカーテンを閉めていない窓越しに月の光だけが射し込んでいるだろう。
宗さんの宿がある田舎とは違い、スモッグ越しの朧な月明かりでは伝わって来る自然の力が弱く、その事が余計僕を不安にさせるのかもしれない。
宗さん、どうしたら許してくれるんですか?
どうしたら、いつもみたいに笑って優しく抱き締めてくれるんですか……?
先程まではあんなに宗さんに対して怒っていたのに、無慈悲に過ぎて行く時間の経過と共に怒りの感情はすっかり成りを潜め、暗闇の恐怖と独りぼっちの不安に今にも呑み込まれそうだ。
宗さん……
時々悪戯を仕掛けて来たりはするけれど、それでもいつだって最後には安心感を与えてくれる宗さんの気配を、僕はずっと探り続けている。
けれどいくら耳を澄ましても同じ室内にいるはずの宗さんは僅かな音も立てることがなく、今どの辺りにいるのかすら全くわからなかった。
それとももしかして、気付かないうちに部屋から出て行ってしまったのだろうか。
何か言ってくれないかな……
せめて音だけでも聞かせてくれれば、宗さんがちゃんといるってわかって安心出来るのに……
宗さんがいなかったらどうしよう、とジリジリとした不安にさいなまれ、いてもたってもいられなくなって来たその時、一瞬だけスッという足音が聞こえた。
反射的にそちらに顔を向け、『宗さん!』 と呼ぶ。
「……そう、その調子です。
大丈夫ですよ、一緒にいますから。
だから私の事だけを考えて……」
宗さんはまた口を噤み、足音も消してしまう。
けれどちゃんと同じ部屋の中にいてくれた事がわかっただけで、少しだけ不安感が薄らいだ。
****************
それからまたしばらくの時が経ち、その間僕はただひたすら足音が聞こえるのを待ち続けている。
どんなに僅かな気配でも逃さないよう、五感も六感も、全ての感覚を研ぎ澄ませながら……
こんな風に僕を追いやったのは宗さんだというのに、僕を救い上げてくれるのもその宗さんだけだというのが、最初はとても悔しかった。
だけどもうそんな事なんかどうでも良くなるぐらい寂しくて、こうして独りで放って置かれる事が悲しくて堪らない。
今はただ、宗さんにいつもみたいに話しかけてもらいたかった。
いつもみたいに優しく名前を呼んで、いつもみたいに優しく笑ってほしかった。
無理やり閉ざされている、真っ暗闇な目蓋の裏に、宗さんの笑顔だけが次々と浮かんでは消えて行く。
もう宗さん以外、何も考えられない……
「……宗さん……」
ポツリと呟く。
答えてもらえないのはわかっていたので、寂しさを紛らわすおまじないのように……
だけど一度言い出したら止まらなかった。
「宗さん……宗さん……っ」
言葉と一緒に涙が溢れ出し、目隠しになっているバスローブの紐がそれを吸い取っていくけれど、それでも吸い取りきれない涙が頬を伝って流れ落ちていく。
別れていた間のあの孤独感がまた襲い掛かって来るようで、これ以上1秒でも宗さんと離れていたら、寂しくて心細くて頭がおかしくなってしまいそうだ。
「宗さん!宗さんっ……宗さんっ!!」
なりふりなんて構っていられず、宗さんの名前を叫ぶように呼びながら、縛られて自由の利かない両手で目隠しを取ろうと必死にもがいた。
すると突然足早にこちらに向かって来る音が聞こえ、手枷になっていたパジャマをさっさと取り払われる。
そしてすぐに目隠しも外され、目蓋を押さえられていたせいと涙で視界のおかしい僕がパチパチと瞬きをしている間に、否応なくベッドに押し倒された。
宗さんの長い髪と羽織っているバスローブがさらりと体を掠め、気配を探る為に過敏になっていた全神経が、その感触にゾクリと鳥肌を立てさせる。
「……ユヅキが誰のモノなのか、少しは身にしみて
わかったでしょう?」
すぐに頷こうと思ったのだけど、そんな間も与えてもらえないうちに、性急で強引で、だけどどこか優しい、心の底から待ち望んでいたキスが降って来た。
※次は18禁※苦手な方はご注意を
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