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足3

どうやら柚月さんはそのままなだれ込まれると思ったらしいけれど、私はそのまま足を解放してあげる。
仕方が無い理由があるとはいえ、やはり変装の為に被っているカツラはさっさと取り払ってしまいたかった。

「私はシャワーに入って来ますね。
 あ、柚月さん、徳田さんから手紙が届いていましたよ。
 テーブルに置いてあります。」

柚月さんはまだ放心状態で、パチパチと瞬きを繰り返している。
その様子をクスッと笑って見ながらシャワーに急いだ。


シャワーを浴び終わり、どうせすぐ脱ぐ事になるのだから、とバスローブ1枚の姿で髪を拭きながら居間に戻ると、柚月さんは私の髪を乾かすためにドライヤーの準備をして待っていた。
以前 『宗さんの長い髪を乾かすのがすごく好きなんです』 と恥ずかしそうに言った柚月さんに、今はすっかり全部を任せている。

「お待たせしました」

近寄りながら声をかけると、一瞬照れ臭そうに笑ってソファに座るよう手で私を促す。
今の間にパジャマを着てしまったのを少し残念に思いながらもそれに微笑んで返し、示された場所に腰を下ろすと、カチッとドライヤーのスイッチを入れながらウキウキしたような声で話しかけて来た。

「宗さん、明日夕方から出掛けて来てもいいですか?」

「明日、ですか?何か急用でも?」

私はもちろん柚月さんとのんびり過ごすつもりだったし、多分柚月さんもそう思っているだろうと思っていたので少し驚いてしまった。
けれど柔らかな温風と手櫛があまりにも気持ち良かったので、目を閉じてソファの背に体を預けたまま尋ね返す。

「徳田さんが明日私用でこっちに来るって。
 そのついでにこの前旅行に行った時の写真を持って
 来るんで、僕に見せてくれるって言うんですよ。」

「そうですか……
 どこで会うんですか?」

「徳田さんが泊まるホテルの部屋です。
 先週の手紙で絵を描く為に徹夜続きだという話をしていた
 ので、僕がいつでもベッドで休めるようにしたいからって。
 だから夕食もルームサービスを取りましょうって。
 優しい方ですよね。」

私はパチッと目を開けて今の台詞を振り返る。
いくら文通を繰り返しているとはいえ、初めて会う男性を自分の泊まる部屋に招きいれる女性とは……

「柚月さん、徳田さんの年齢はいくつでした?」

「え?多分宗さんと同じ位だったと思いますけど。」

柚月さんは私が訝しんでいる様子に全く気付く事無くドライヤーを止め、『やっぱり長い髪がいいな……』 と小さい声で呟きながらヘアブラシで髪を梳かし始めた。

「結婚はされているんですか?お子さんは?」

「以前は結婚していましたが別れたそうです。
 息子さんが一人いるみたいですけど、奥さんが連れて
 行ったって。」

思わずソファの背から勢い良く体を起こし、後ろに立っている柚月さんの方を振り返ると、髪を梳かしていた形のまま手を止めて驚いた様に私を見下ろしていた。
けれど、驚いているのは私の方だ。

「奥さん?
 という事は、徳田さんは男性なんですか?」

「あれ?宗さんに言っていませんでしたっけ?
 徳田さんは男性ですよ。
 あんな素敵な写真を撮られる方だし、詩的でとても素敵な
 文章を書かれる方ですから、きっと本人も素敵な方なん
 でしょうね。」

そう言って徳田さんから送られて来た手紙の束を窓際にあるキャビネットから取り出して来ると、何の後ろめたさも無さそうに屈託ない笑顔を浮かべながら 『どうぞ』 と差し出してきた。
『読ませていただきます』 とそれを受け取り、その内の何通かをさらっと読み終えてから、はぁ〜、と深い溜息を吐いて首を横に振りながら柚月さんに返した。

【徳田香苗】 という名前だけで、すっかり女性と思い込んでいた自分の詰めの甘さが情けない……

柚月さんは溜息を吐いた私を不思議そうに見ながら隣に腰を下ろし、『どうしたんですか?』 と尋ねて来る。

「柚月さん、これは一般的にはラブレターと言うんですよ。」

「え?」

すぐには理解出来ないようで、髪をかき上げながら視線を向けた私をきょとんとした顔で見ている。

「徳田さんとは直接お会いした事があるのですか?」

「まさか。
 それだったらとっくに宗さんに言ってますよ。
 手紙をいただくきっかけになった雑誌に、僕の写真
 も載っていたじゃないですか。
 だから僕の顔とかは知っているみたいですけど。」

両手で頭を抱えながら両膝に肘をつく。

……やはり断固として反対しておくべきだった。
『僕の写真も撮られるみたいなんですよ』 と困ったような柚月さんから最初に話を聞かされた時、雑誌という媒体を通して柚月さん自身を表に出す事に反対をすると、早速マネージャー代わりの小野さんが私の所に来て、『絵の力強さと柚月君自身のギャップが面白いんだから、それを色んな人達に知ってもらえばまた新たなファン層も広がるからね』 と無理やり承諾させられた。
出来上がってくる写真達はどれも恥ずかしがっている柚月さんの素顔が垣間見えていて、それを展覧会などに足を運んで絵を見に来る人達ではなく、顔の見えない不特定多数の人達に見せるのはとても面白くなかった。
けれど元々メインは絵なんだし、それも柚月さんの為になるのならと渋々見逃していたのに。
もう二度とこんな事にならないよう、後でしっかり小野さんに話しておかなければ……


はぁ〜、ともう一度溜息を吐いてから両手で髪をかき上げ、チラリと柚月さんに視線を向ける。

「……どうやら徳田さんは絵だけではなく、随分と
 柚月さん自身をお気に召しているようですね?」

「え?あ……」

持っていた手紙の束とヘアブラシを優しく取り上げると、それをテーブルに置いてから肩を掴んで腕の中に引き入れた。


※次は18禁※苦手な方はご注意を