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足2

鍵をあけて中に入っても、家にいるはずのその人が出迎えてくれる事はなかった。
いつもは必ず照れながらも嬉しそうに、おかえりなさい、と言ってくれるのに。
どうしたのだろうと思いながら廊下を進み、居間の光景が目に入った瞬間に足を止め、クスッと笑いが漏れた。

私が帰って来る音を聞き逃さないためだろう、テレビはついているものの音は消したまま。
けれど当の本人はソファに横になり、クッションを抱えてすやすやと居眠りをしていた。
ここしばらく絵を描き通しだったから疲れているのだろう。
髪が濡れたままだからお風呂に入ってそんなに時間が経っていないのだろうけれど、このままでは風邪を引く。

それにしても柚月さん。
お風呂上がりで熱かったのでしょうが、Tシャツと下着姿で待っているなんて、ここしばらく禁欲生活を送らされていた私を誘っているのですか?
その上ピンク色に艶めくその柔らかな唇を軽く開けていると、まるでそこに私の舌を挿し入れてくれと言っているようなものですよ……?


随分と自分に都合のいい解釈をしながら、持っていた手紙類と伊達でかけている眼鏡を外してガラス製のセンターテーブルに置き、着ていたスーツの上着をダイニングチェアの背に掛けてからソファの足元の方に腰を下ろす。
微かにスプリングの音がしたものの柚月さんは私の存在に全く気が付かず、相変わらずあどけない寝顔をさらしたまま。
その無防備さが可愛くて黙って寝顔を守ってあげたくなる反面、嗜虐心に似た悪戯心が起きてしまうのがどうしようもない男の性。


伸ばした人差し指でスッと素肌の足をなぞる。
全く身動きせず、変わらずに穏やかな寝息を漏らしている様子を見ていれば、その眠りの深さがわかった。
それを確認しながら、入浴後の熱を僅かに残しているその足を、今度は掌で徐々に下から上へ撫で上げて行く。

脛毛が薄く、白い柔肌に包まれた折れそうなほど細い足。
この華奢に見える足でしっかりと大地を踏み締め、その大地の息吹を力強く描き出して行く様には、いつも畏敬の念を抱かずにはいられない。
6年という長きに亘る別れの時を経て、この足で必死に私の許に駆け寄ってきてくれた時の震えが来るような感動を、いまだに忘れる事が出来ない。


柚月、もう二度と離さない……


そっと立たせた膝頭に優しく口付けると、その足が僅かにピクッと反応を示す。
少しの間動きを止めて様子を伺うものの、どうやら起きてはいないようだった。
忍び笑いを漏らし、何度も唇を落としながら舌を這わせ始める。

「……んん……」

くすぐったいのだろう、私の舌の動きに合わせて微かに声を漏らしながら身じろぎをするけれど、それでも目を覚まさない深い眠りに心の中で感謝をしながら少しずつ舐め下ろしていった。


自らを足フェチと意識した事はないし、その昔数多くの女性と関係を交わしていても、ここまで愛情を注いだ事はない。
だからいうなれば私は柚月フェチなのだろう。
そんな変態じみた自分でさえ嬉しく思えるのだから、誰かを愛するというのは本当に不思議なものだ。

「ん……ぁっ……んっ?!」

さすがに今度こそ目が覚めたようで、目を擦りながら僅かに上半身を起こし、両手で持ち上げられた自分の足の甲に口付けを繰り返している私の方を見ながら、今にも目の玉が零れ落ちんばかりに目を見開いた。

「ただいま、柚月さん。
 思っていたよりも帰りが遅くなってすいませんでした。
 待ちくたびれてしまいましたか?」

少しだけ唇を離して話しかける。
けれど柚月さんはまだ自分に何が起きているのかわからないようで、硬直したまま私を見続けていた。

「あまりにもおいしそうだったので、勝手にいただいて
 いましたよ?」

「……な、何を、ですか……?」

視線を合わせたままニッコリと微笑み返し、足の親指を口に含んでゆっくりと舌を這わせる。

「ぁあ……っ!」

「もちろん……ユヅキ、を……」