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耳9

簡単に後始末をして手早く服を直してやった雅史は一旦近くにあるトイレに消えて行き、俺はその間に脱がされていた学ランを着直して服装を整え、汚れた場所を拭いたりソファに置いていた教科書類を机の上に戻したりと、出来るだけ室内を元通りに戻す。
一通り終わって雅史の椅子に座り、ホッと一息吐きながら、俺ってマメだぜ、と自画自賛していると、ようやく雅史が戻って来る。
だが中に入って鍵をしめたのはいいものの、そのまま入り口の脇で立ち尽くし、俯いてもじもじしながら靴の先で床を突いたり蹴ったりしている。

まぁお互い何となく気まずい感じはするし、だったらここは俺が何とかしなくちゃな〜……

キ〜と僅かにキャスターの音をさせながら立ち上がり、足早に雅史に近付く。
俯いたままの頭をポンと軽く叩いてやり、見上げて来た少しだけ気まずそうな視線に苦笑しながら手を引いて雅史の机まで戻ると、ボスッと椅子に座った俺の膝に向かい合わせで跨せた。
雅史の細い腰に両手をそえると、雅史は少し赤くなった顔を伏せがちにしながらも、俺の首に腕を巻き付けて上目遣いに見上げて来る。
それから。

「不良教師。」

「サボり魔。」

相変わらずの言葉を交わし、それから一緒にクスクスと笑った。
雅史の気まずそうな様子が消えていくのを確認しながら、チュッとわざとに音を立ててキスをする。
雅史は照れ臭そうに、だが嬉しそうに笑った。

「それにしても皆瀬は学園にいなくて正解だったよな〜」

小さく溜息を吐きながら言うと、『何故だ?』 と雅史が首を傾げながら聞いて来る。

「忍は熱烈な告白のオンパレードだろ?
 俺なんか今でもギリギリなのに、そんなのをいつも見せ
 られてたら、毎日ブチ切れて神経持たないぜ。
 皆瀬は俺と違って大人だから、独占欲を剥き出しにしたり
 忍に直接それをぶつけたりはしないだろうけどな〜。」

「独占欲や嫉妬に大人も子供もないだろう?」

「そうか〜?
 まぁどっちにしろ俺は普通の男だからな。
 雅史はそんな心配をしないで済むから良かっただろ?」

ニッと笑ってそう返すと、急にうろたえたように視線を逸らし、首に巻き付けていた腕を解いて俺の膝から降りようとする。
何だ?と思いながら腰にそえていた手を背中にまわして離れていかないように押さえ付けながら、『何だよ?何かあるなら言えよ?』 と言うと、視線を逸らしたまま 『……相談…受けた……』 と答える。

「あ?相談って何の相談だ?」

「『先生のクラスにいる大友君に告白するかどうしようか
 悩んでます』って相談も受けたし、『先生なら特別隊の
 人達に話しかけても不信に思われないから、手紙を渡し
 てもらってもいいですか』と暁宛ての手紙も預かった。」

「……何だ、それ?
 俺は男から告白されたことも無ければ、その預かった
 とかいう手紙をお前からもらったこともないだろ?」

そんなの初耳だったので驚きながら答えると、急に口を尖らせた雅史がキッと俺の方を見る。

「大友は男に興味ないらしいぞ、とそれとなく言って
 みたりもしたし、告白はまだ早いんじゃないか、と
 何となく諭してみたりもしたし、手紙は開封しないで
 真っ直ぐシュレッダー行きだ。」

それだけ言って、真っ赤になりながらプイッと視線を逸らしてしまう様子を、唖然としながら眺める。
だが次の瞬間思い切り吹き出して大笑いしてしまった。

……高梨に来た手紙を陰で全部捨てている奏と、レベルが一緒だっつ〜の……

今は授業中だから、デカい声を出しちゃいけない事は充分分かっているつもりなんだが、それでも笑いが止まんねぇ〜……


腹筋が筋肉痛になりそうなほど散々笑ってから、すっかり膨れている雅史を力いっぱい抱き締める。
そして 『あ〜あ……』 と漏らしながら小さく溜息を吐き、微かにボディーソープの香りが残る肩にポスッと顔を埋めた。

雅史が愛しくて堪らなかった。
だがその反面苦しくて堪らなかった。
こんなに雅史に惚れ込んでしまっている自分を、俺自身どうしたらいいのかわからずに持て余してしまう。
訳もわからず勝手に溢れそうになる涙を誤魔化すように、雅史の肩に顔を埋めたまま首を横に振った。

「……ま〜ったく何でお前が俺なんかがいいのか、
 ちっともわかんねぇよ……」

どうやら今日の俺はとことんダメらしい。
我ながら情けないと思いつつも、いつも感じている疑問がつい口を衝いて出てしまう。
俺はどこをどう取ってもいたって普通の男だという事ぐらい、誰よりも自分が一番わかっている。
とは言っても、別に自分自身を卑下している訳ではないし、俺は俺自身が好きだ。
だが俺よりイイ相手なんか男女問わずいくらでも見付けられるだろう雅史が、何故そんな子供みたいな嫉妬をするほど俺を好きなのか、はっきり言って全く分からなかった。


すると雅史は俺の頭を優しく抱き締め、宥めるように何度も何度も唇で髪に触れてから、耳元に唇を寄せてそっと耳打ちをする。
理由になってるんだかなってないんだかよくわからないその言葉に、思わずクスッと笑いが漏れた。
だが、そのおかげで何もかも全てが救われたような気になっていく。
首筋に鼻先を摩り付け、もう一度強く抱き締めた後にゆっくり顔を上げると、視線が合った雅史は幸せそうに甘く微笑んだ。
それを見ながら、やっぱり俺はいつまでもコイツと一緒にいたい、としみじみ思う。
その笑顔をいつまでも守ってやれるだけの男になりたい、と。

「究極だろう?」

そう言ってニッと笑った雅史に

「バ〜カ」

と苦笑しながら返し、そのまま俺達はどちらからともなく顔を寄せ、それ以上言葉にならない思いを伝え合うようにそっと唇を重ねた。


大人と子供の中間である、今しか出来ない事は沢山ある筈。
その一つ一つを確実に乗り越えて、いつか必ず、俺が雅史の全てを受け止めてやる、と胸を張って言える自分になってやる。
当然そんなに遠い未来じゃねぇけどな。
まぁ今はもがき続ける正真正銘のガキだが、こんな俺も俺だから。
だからそんな俺を受け止めてくれる雅史と一緒に、焦らずのんびり進んで行こう。


雅史が俺の耳に囁いた言葉。
それは。

【暁が暁だから】

− 完 −

2006/02/27 by KAZUKI



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