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耳5

コンコン

「失礼します」

耳を澄ましても話し声らしきものは聞こえなかったので、中からの返事を待たずにガチャっと扉を開けて英語準備室に入る。
相変わらず何一つ代わり映えのしない室内を見回したが、どうやら先客はいないようだ。
そのまま自分の椅子に座っている雅史に視線を移すと、予想通り机に両肘をついて頭を抱えている。
やっぱりな〜、と忍び笑いを漏らしながら後ろ手にカチッと鍵をしめ、一歩ずつそちらに近付いていくと、一向に顔を上げようとしない雅史がそのままの体勢で口を開いた。

「……誰が鍵をしめていいって言ったんだよ。」

「鍵をしめないと色々不都合だろ?」

顔も上げずにボソボソと言った予想通りの言葉に用意していた答えを返す。

「……俺には不都合なんてないぞ。」

「そうか〜?
 それなら別に俺は鍵を開けても構わないけどな?」

「じゃあ開ければいいだろ。」

「だったらお望み通りにするか〜。」

即座に踵を返しながら扉の場所まで戻り、カチリ、とわざとに大きな音を立てながらゆっくり鍵をあけると、後ろで小さく 『ぁ』 と漏らした声が聞こえた。
パッと振り返ると、いつの間にか顔を上げた雅史が、慌てたように自分の口を左手で押さえて真っ赤になっている。

……相変わらず言ってる事とやってる事がバラバラだぜ……

内心で苦笑しながら、今度はさっさと鍵をしめて大股で雅史の方に近付き、持っていた教科書をパサッと机の上に放り投げた。
それから口を押さえている左手の手首を掴んで引き剥がしながら、もう片方の手で顎を掴んで顔を上げさせる。
そしてそのまま腰を屈めて顔を近付けたが、珍しい事に全く抵抗を見せない。
まぁ気まずそうに視線を逸らしてはいるが……

「俺を見ろよ」

「……なんで見なきゃならないんだよ」

「キス出来ないだろ?」

「見なくても出来るだろ」

「じゃあキスしていいんだな?」

また小さく 『ぁ』 と声を漏らした雅史は綺麗な二重目蓋の目を驚いたように見開き、俺を見ながら一気に耳まで赤くなる。
その様子に思わずクスッと笑いが漏れた。
……だてにいつもいつも憎まれ口に付き合ってないっつ〜の。

「……バ〜カ…ハメられてやんの……」

そう囁きながらそのままキスをした。
薄く開いた唇の間に舌を挿し入れて丁寧に歯列をなぞっていくと、遠慮がちに口を少し開けて舌を触れさせてくる。
それに誘われるように雅史の舌を吸い上げたり甘噛みしたりしながら更に深いキスを重ねた。
雅史の右手は学ランの袖をギュッと引っ張り、左手は手首を掴んでいた俺の手を振り解いて襟元にしがみ付いている。

俺はこの英語準備室に時々出入りをしていても、ほとんどいつも通り憎まれ口満載の会話を交わすぐらいだ。
だから学校内で手を出した事は今まで一度もない。
やはり雅史に以前の件を思い出させたくは無かったから。
だが今の様子を見ているとどうやら大丈夫そうだ。

……というより、そうであってくれないと困る。
俺が離れていかないよう必死で学ランにしがみ付かれれば、途中で止めろっていう方が無理な話だぜ……


角度を変えて唇を合わせながら振り解かれた手でそっと首筋を撫でた後、シャツのボタンを次々と外していく。
雅史の吐息が震え始めたのを感じながら最後までボタンを外し終わり、中に着ているTシャツをジーンズから引き抜いて裾から手を入れようとした時、ふとある事に気が付いた。

屈めていた腰を起こしながら顔を引いて急激に唇を離し、学ランを掴んでいた両手を少し強引に外させる。
突然の事に驚いたらしい雅史は、キスのせいですっかり潤んだ目を少し不安そうに揺らしながら所在なさげに俺を見上げて来た。

……そんな縋り付くような顔するなよな〜……

苦笑しながら雅史の柔らかい髪をくしゃっと一度撫でると、ソファの脇を通って窓の方に歩み寄り、鍵が閉まっているかどうかを確認する。
入り口の鍵もしめてあるし、取りあえずは大丈夫だろう。
カーテンを全て閉めてから振り向くと、俺が突然離れた意味に気が付いたらしい雅史は俺から視線を逸らし、頬を赤く染めながら子供のように少し口を尖らせていた。

やれやれ、と思いつつ雅史の許に戻り、手を引いて椅子から立ち上がらせる。
ガラガラとキャスターの音をさせてその椅子を片足で押しながら少し離れた場所まで追いやり、雅史の机の上に置いてあった教科書類を適当にまとめて後ろのソファに置いた。

俺がやる事を黙って見ていた雅史に軽くキスをしてから、脇の下に両腕を差し入れて体を持ち上げ、そのまま机の上に座らせた。
そしてその脚の間を割って入り、照れ臭そうにしている背中に両腕をまわして目の前まで顔を近付ける。

「今は 『大友』 じゃなく 『暁』 だからな」

雅史は小さく頷いて俺の頬を両手で包むと、『……暁』 と微かな声で囁きながら口付けて来た。


※次は18禁※苦手な方はご注意を