腕1
「白桜、おはよう!」
朝一番に麒白様のお部屋を訪ね、『おはようございます』 と挨拶をしながら襖を開けると、最初に挨拶を返してくださったのは麒白様ではなく光鬼様だった。
「これは光鬼様と獅紅様、おはようございます。
こんな朝早くからどうされたのですか?」
部屋の中央にはいつも通り優しく微笑みながら 『おはよう』 と声をかけてくださった麒白様が座っていらっしゃり、その向かいには少し難しい顔をされながら同じく挨拶を返してくださる獅紅様、そして獅紅様の隣には満面の笑みを浮かべられている光鬼様が座っていらっしゃった。
「今日は白桜に用事があって来たんだ。
麒白、さっき言ったように白桜を借りるからね。」
そう仰った光鬼様は何やら荷物が入った袋の様なものを持ちながら立ち上がり、こちらに近付いて来ると、私の腕をむんずと掴んで引っ張り上げた。
私は何が何やらわからないままその手に従って立ち上がると、戸惑いながら麒白様に視線を向ける。
「光鬼と一緒に楽しんでおいで。」
麒白様が安心させるように微笑みながら言葉をかけてくださったので、『はい』 と返事をして麒白様と獅紅様に頭を下げる。
そして相変わらず腕を掴まれたまま、楽しそうに鼻歌を歌っている光鬼様に従った。
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「今日はバレンタインデーって言って、好きな人に
チョコレートという食べ物をあげる日なんだよ。
だから白桜と一緒にチョコレートを作ろうと思って。」
「バレンタインデー……
チョコレート……」
麒白様のお部屋の隣の隣のお部屋に来ると、持っていた袋を逆さまにしてガラガラと色んな道具を出された光鬼様が楽しそうにお話を始めた。
「僕は鬼界に来てから毎月色んな行事をする事に
してるんだ。
1月はお正月、2月はバレンタインデー、3月はお雛様、
4月はエイプリルフール、5月はこどもの日、6月は
夏祭り、7月は七夕、8月はお盆、9月はお月見、10月は
僕の誕生日、11月は獅紅の誕生日、あ、獅紅の本当の
誕生日が11月かどうかはわかんないけどね。
それから12月はクリスマス。」
頭がさっぱり付いていかずにただただ首を傾げる私をよそに、光鬼様はどんどんそのチョコレートなるものを作る準備を進める。
「本当は今月節分もあったんだけど、さすがにそれは
出来ないでしょ?
『鬼は〜外!』とか言って獅紅に豆を投げつけたら、
一体どんなお仕置きをされるかわかんないもんね。」
そう言って光鬼様はふふっと微笑まれたけれど、何故鬼である私達が外なのか、申し訳ない事に全くわからなかった。
もちろん獅紅様に豆など投げつけたら、想像がつかないほど恐ろしい事になりそうだと言うのは理解できる。
それに 『お仕置き』 という言葉の意味は以前麒白様に少しだけ教えて頂いていたので、思わず赤くなって下を向いてしまった。
「あ!その反応はやっぱり麒白に『お仕置き』の意味を
教えてもらったんだ!
あの時は大丈夫だった?」
「……あの、大丈…夫……でしたけど……」
しばらくの間、全く人型になれないほど疲労困憊してしまった以前の事を思い出し、真っ赤になったまましどろもどろに答えた。
「うんうん。麒白のことだからあんまり心配はしていな
かったけど、何かあったら僕に言ってね?
……でもな〜……
僕なんてこの後……」
光鬼様が急激にうなだれてしまったので思わず心配になり、『どうされたのですか?』 と慌てて声をお掛けすると、『ま、何とかなるか』 と顔を上げて、またふふっと微笑まれる。
「心配してくれてありがと。
でも獅紅は根が優しいから大丈夫だよ。
さ、心を込めて獅紅と麒白にチョコレートを作ろう?」
光鬼様のペースに相変わらず全くついてはいけないけれど、それでも私は 『はい』 と微笑みながら返した。
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