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僕、如月光鬼(キサラギミツキ)が鬼界に帰って来て、
もうすぐ半年が経とうとしている。
相変わらず鼓のような音は静かに響き続け、そして以前は
その音に呼応するかのように点滅していた獅巫石(しふせき)は、
僕の左手の薬指で柔らかな光と共に点灯し続けていた。
僕の獅紅(シコウ)への気持ちと獅紅の僕への気持ちが
現われているこの指輪。
僕にとって何よりも宝物。

獅紅は相変わらず無愛想でとっても怖い所もあるけれど、
でもやっぱり不器用な優しさを見せてくれたりして、獅紅を
好きだと思う気持ちが一瞬一瞬最高を超え続ける。
菅谷(スガヤ)さんと付き合った時は穏やかな時間もいいかも
しれないと思っていた筈なのに、獅紅と再会した瞬間に、そんな
気持ちは吹き飛んでしまった。
でもあの時ばあちゃんが現われなければ、間違いなく僕は
スガヤさんに抱かれていた筈だ。
もしそうなっていたら、僕は今頃どう思ってたのかな?
ゆっくりと呼吸が出来る穏やかで優しい時間に包まれて、
スガヤさんを心から好きになっていたかな?
確かにスガヤさんの事は好きになりかけていたし、あのまま
一緒にいればきっと本当に好きになっていただろうけど……
でもやっぱり心のどこかで獅紅を思い続けていただろうな……


「光鬼様、どうかされましたか?
 先程からお手が止まっていらっしゃいますが、どこか
 お体の具合でも……?」

獅紅の斜め後ろに控える梅園(バイエン)の声にハッと我に
返ると、さっきまでいつも通り夕食を食べていた筈の獅紅が、
箸を止めて真っ直ぐ僕を見ていた。
物思いに耽っていた内容が内容なだけに、動揺した僕は
思わず顔を逸らしてしまう。

「だ、大丈夫。
 ちょっと考え事をしていただけだから。
 ぜ、全然、どこも具合悪くなんてないよ?」

僕はそう言って、慌ててご飯を掻きこみ始めた。
梅園は 『それならよろしいのですが。』 と言ってくれたけど、
視界の端に入る獅紅はそのまま箸を置いてしまい、その瞳に
何を考えているのかわからない光を湛えながら、黙って僕を
見ていた。


夕食の後片付けを終えて布団を敷き終えると、『お休みなさい』
と言って梅園は出て行った。
別に何かあったわけでもないのに、何となく気まずくて下を
向いたまま布団の横に座っていると、ご飯を食べていた場所から
全く身動きしていない獅紅が静かに口を開く。

「……光鬼、先程その心に誰を思っていた?」

次の瞬間辺り中にビリビリという空気が走り、庭にいた鬼火
達が次々とその炎を小さくしながら移動していくのが見える。
すぐに言葉を発しようと思うのに、僕を射抜くように見ている
赤い瞳と感情がたかぶった時に現われる銀色のねじれた角、
そしてあっという間に獅紅の体全体から発せられる紅蓮の
炎の様なオーラを見て、思わず恐怖で体が竦んでしまい、
口がうまく動いてくれない。
すると獅紅がまた口を開いた。

「ここに戻って来た折、他の人間と付き合ったと
 申していたな?
 ……まさかそやつが忘れられぬのか?」

……獅紅の口調がいつもと少しだけ変わっている。
こういう時の獅紅はいい意味でも悪い意味でもとても危険。
止められない程激しく感情が揺れ動いている証拠だから……

だから必死で首を横に振ろうと思うのに、初めて間近で見る
かもしれない獅紅の、鬼神の恐ろしさに、金縛りにあった
ように指1本すら動かす事が出来なかった。

僕がスガヤさんを思い出していた事に、何故獅紅が気付いた
のかはわからない。
霊力が強いから?
……だけど今はそんな事どうでもいい。
誤解を解きたい。
僕はスガヤさんを忘れられないんじゃなくて、あの優しい時間を
思い出しても、それでも獅紅が好きだと思っていたのに……

獅紅はおもむろに立ち上がって目の前まで来ると、突き倒す様に
僕を布団の上に押し倒し、そして僕は獅紅の真っ赤なオーラに
一瞬で包まれた。


獅紅の目を見詰め返したまま恐怖で竦んでいる僕の上に
馬乗りになり、いつも僕が着ている白い一枚布の服を
乱暴に剥ぎ取って、腰に巻かれている硬い帯でさえも簡単
そうに引き千切ってしまう。
ジリジリとした焼け付くような感覚が体中を襲い、獅紅の
怒りが全身に刺さってくるようだった。
そして僕が何よりも大好きな赤い瞳が、今は激情で焔のように
燃え上がっている。

我を忘れてしまった時の獅紅は、獅紅が自分でも止められ
ないと言う位、本当に誰にもその暴走を止められない。
それが僕の愛した……荒ぶる神……