「さっきのよりこっちのほうが怖くないって、
スピードもあんなにないし、一気に落ちる所はないからさ。」
シノブとツカサに両側から挟まれて、サトルが連れて行かれる。
その後をヒビキとカナデ、淀川が歩いている。
「あのサトルが、ジェットコースターが苦手とはな。」
「意外だよねえ。
って、俺もだめだけど・・・」
カナデが笑いながら言う。
「中学の時に、降りてから気絶した事があるって、
聞いたことあったから、乗らなくていいって言ってみたんだが・・・
気だけは人一倍強いからな。」
「気絶って、結構重症だね。」
「でも、今日は一応覚醒してたし、腰抜けただけだからな。
後何回か乗れば、案外平気だったりして。
それにしても、聞いたことないな。
ディズニーランドのジェットコースターで、腰抜かしたって話。」
「続けて乗って、本当に、大丈夫なのかな・・・」
「まあ、どうしてもだめそうな時は、オレが止めるから。」
淀川が静かに言った。
スタンバイも10分待ちで、さっき取ったファストパスの時間まで
待つより、並んだほうが早い。
スタンバイエントランスを入っていく、・・・と、なんと前に
並んでいるのは、さっきのスーツの女・・・
それに気が付いたサトルが、わざとらしく大きな声で言う。
「マサシ、一緒に座ろうぜ。」
「乗るとさ。」
ヒビキが淀川に向かって言うと、
「まあ、本人が乗るって言うんだから、大丈夫だろう。
又腰抜かしたら、ミナセ、頼むな。」
「おお、任せとけ。」
サトルはブスッとして横を向いている。
しかし、実は、そのままちらちらとスーツの女を観察していた。
(何なんだ、この女。
一人で来てるのか? 変な女だな、っていい女なんだけど・・・
マサシだって、もともと男しか愛せないっていうやつじゃないし、
昔は女と付き合ってたこともあるって、言ってたもんな。
おい、そこの女、彼氏、いるんだろ。
こんなとこで、人の男にちょっかいかいかけんじゃねーぞ!)
ジェットコースターは怖いし、スーツの女は気になるしで、
サトルは頭がくらくらして来た。
ビッグサンダーマウンテンは、なんと、スーツの女が先頭、
その後ろにサトルと淀川、後ろにシノブとツカサ、
ヒビキとカナデ、その後ろに何人かが乗り込んだ。
走り出したら止まらない、爆走列車が無人の廃坑を駆け回る。
カーブを曲がりながら下る所では、風に飛ばされそうになる。
前の女は伸びをするように両手を組んで、腕を上に伸ばした。
なんとも気持ちよさそうな動作だ。
サトルは飛びそうになる意識を必死で押さえつけていた。
この女の前で、腰を抜かせるか!
淀川はジェットコースターは平気だが、暗がりがちょっと苦手だ。
暗闇を爆走するジェットコースターがカーブを切る度、隣のサトル
から離れてしまうのではないかと不安になる。
右手で前のバーを握り、左手は思わずサトルのシャツを握り締めていた。
前にもこんな風にサトルの学ランの裾を握った事があったっけ。
サトルが途中で気付いて手を重ねてくる。
ジェットコースターが怖いのに、自分ではそれをコントロールできない
はずなのに、淀川が怖がっていると感じ、守ってやるというように、
しっかりと握ってくる。
胸がじんわりと温かくなる。
『サトル、愛してる。』
淀川の呟きは風に飛ばされて、誰にも聞こえない・・・
ガクン、と列車が停止する。
「サトル、大丈夫?」
シノブが後ろから声を掛けてくる。
からかってはいたが、心配してくれていたのだ。
「ジェットコースターは克服したな。」
そう言って淀川の手を借りて列車から降りる。
よく見るとちょっと足が震えてはいたが・・・
先に降りたスーツの女が急に振り返り、淀川に笑いかけながら、
「写真撮るんなら、シャッター、押しましょうか?」
と、話しかけてきた。
びっくりして、みんな一瞬シーンとなったが、
すぐにシノブが、
「そうですかーー、
じゃ、お願いしまーーす!」
と言って、鞄からデジカメを取り出す。
下に下りて、ビッグサンダーマウンテンをバックに、みんなで撮って
もらう。
「ありがとうございましたーーー」
お礼を言うと、
にっこり笑って、
「どういたしまして。
思い切り楽しんでくださいね。」
と言い、さらっと歩いていってしまった。
動作の一つ一つが、なんとも自然で綺麗だ。
「何者なんだ・・・」
サトルの言葉に一同頷いたが・・・
「シノブ、腹減った。
そろそろ夕飯じゃないのか?」
と言うツカサの一言でみんな、自分がとても空腹だったことに気付いた。
「そうだーー、
なんか食わせろーー」
夢中で遊んでいたので気付かなかったが、もう6時だ。
「そうだね、ちょうど良かった。
夕食は、カレー、にしようかと思ったんだけど・・・」
「だけど何だ?」
「ツカサがね、カレーは僕が作ったのが美味しいから、
違うのがいいって、言うから・・・」
シノブがツカサを見上げて、フフッと笑う。
「カナデが作ったのも旨いぞ。」
ヒビキがカナデを抱き寄せながら言う。
もう暗くなって、人目も気にならなくなったのか、なんか、
大胆になってませんか・・・?
「あー、あー、もう、ご馳走さん。
なんだよ、もー。
で、結局、何食わしてくれるんだ?」
サトルが溜息混じりに言う。
「あ、それでね、フライドチキンとか、って言うのはどう?」
「オッケー、早く行こうぜ。」
ビッグサンダーマウンテンの横を抜け、アメリカ川の畔を奥へ進む。
ちょうど川縁の席が空いていて、そこで、シノブとツカサを待つ。
「お待たせーーー!」
二人が両手に持ってるトレイには、フライドチキン、ポテト、サラダ、
ロールパン、エビカツバーガー、飲み物、等々、山のように載せられている。
「いただきまーす。」
ボリュームのあるフライドチキンが美味しい。ポテトも皮付きでホクホクだ。
余程空腹だったらしい。みんな、ほとんど無言で食べている。
が・・・
「ツカサ、これ、美味しいよーー」
と言いつつ、シノブがポテトを摘んでツカサの口に入れている。
向かいではカナデが、バーガーを頬張っているヒビキに、飲み物を
差し出している。
それを見ながらサトルが、
「マサシもなんか、オレに食わしてくれるとか、そんな気、ないのか?」
「ない。」
きっぱり言われて、ふて腐れるサトル・・・
仕方がないので、サトルがポテトを摘んで淀川の口に入れる、と・・・
淀川はサトルの指まで咥えて、その指に付いた油を舐め取った。
「なにすんだよ・・・」
言いつつ、顔が赤くなるのを止められないサトル。
「まったく、お前らって、仲が悪いのか、いいのか・・・」
ヒビキが苦笑いしながら言う。
その横をマークトゥエイン号が、ライトアップされた船体を輝かせて
通っていく。
「次はどうするの?」
カナデが聞く。
シノブがマップを見ながら説明する。
「7時半からエレクトリカルパレードがあるから、それまでは各自
自由行動、って、あんまり時間無いけど。
パレードはここで見るからね、時間厳守で、7時25分集合。
ちゃんとガイドマップ持って行ってね。
じゃ、僕たちはお先に〜〜〜、
ツカサ、行こ!」
「お前ら、どこ行くんだ?」
「さっきのファストパス使って、ビッグサンダーマウンテンに乗ってくる。
みんな、もう乗らないでしょ?」
「おーー、行って来い。」
サトルがひらひら手を振る。
ヒビキとカナデが、マップを見ながらどこへ行くか相談している。
「ここは・・・」
「えー、やだ・・・」
「決まったのか?」
サトルが聞くと、カナデが答える。
「うん、俺たちはこの蒸気船に乗る。
サトルは、どうするの?」
「どうするかな・・・
お前たちだって二人きりになりたいだろ?
どっか、お勧めのところ、ないか?」
「ホーンテッドマンション」
ヒビキが言う。
「何、それ?」
「洋風お化け屋敷。
カナデに行こうって言ったら、怖いからいやだって断られた。」
ヒビキが笑いながら言う。
「だって、子供の頃、俺はヒビキと乗りたかったのに、ヒビキは
父さんと、俺は母さんと乗って、怖くて目も開けられなかったから
・・・嫌だよ。
それより、あの船で、ヒビキとゆっくり話したいから。」
「ゆっくりねえ・・・話なんか、しないんだろ?」
サトルがニヤニヤしながら言う。
「まあ、な・・」
ヒビキがそれに答えてにやりとする。
「何言ってんの、二人で。
ほら、モニターで見られるって、言ってたじゃない。」
「そんなこと、関係ないね。」
ヒビキとサトルが声を揃えて言い、笑う。
そんな二人を見て、カナデと淀川も顔を見合わせて笑ってしまった。
まあ、ちょっと位なら、いいか、
だって俺たち、本当に恋人同士なんだから・・・
「そのお化け屋敷、行こ―ぜ。」
サトルが肘で淀川を突く。
「オオトモ、お化け屋敷は平気なのか?」
ヒビキが聞く。
「平気、平気、俺はな。」
「って事は、先生、だめなの?」
カナデが聞く。
「んーー、好きではないけどな・・・」
淀川がちょっと困ったように言う。
「いいじゃん行こうぜ。よし、決まった。
タカナシとカナデは蒸気船で愛を語る、
俺とマサシはお化け屋敷で愛を語る。」
そういうサトルにカナデが溜息をつきながら言う。
「先生、サトルって、ほんっとうに趣味、悪いよね・・・」
「じゃ、後で。」
そう言って、ヒビキとカナデは歩いていった。
乗り場までの道をゆっくりと歩く。
今日は日中天気が悪かったため、月も雲で覆われている。
いろいろな場所がライトアップされてはいるが、照明の届かない
ところはかなり暗い。
カナデはヒビキの腕に自分の腕を絡める。
「今日は昼まで学校にいたなんて思えないね。
こんなに遊んだなんて、久しぶり・・・」
言いながら頭をヒビキの肩の辺りにくっつける。
そのカナデの髪に、かすかにヒビキがキスをする。
「続きは船の中でな。」
言った後、二人は体を離し、蒸気船マークトウェイン号の乗り場
へと向かう。
待っているのはほんの数人だ。
舞浜は海が近いので寒いと、誰かが言っていたが、夜になると
本当に冷え込んできた。
こんな寒い日、吹きさらしな蒸気船は人気がないのかもしれない。
やがて船が到着し、乗り込む。
二人は二階に上がり、進行方向の右側後ろの方へ行く。
ほとんどの乗客は景色の良く見える前方へ行ったようだ。
マークトウェイン号はゆっくりと出航する。
カナデが、
「寒いねーー」
と言いつつ、又腕を絡めてきた。
無言でその頬にキスをすると、
「人に見られちゃう・・・」
カナデが身じろぎするが、ヒビキは絡めていた腕を解き、
カナデの肩を引き寄せる。
「見たいやつには見せてやるさ。
構わないだろう、別に。」
「うん・・・」
ちょっと恥ずかしそうにカナデが頷く。
寒さに震えているカナデの半身をライダースジャケットの中に入れる
ようにして、左手はカナデの腰に廻し、右手でカナデの手を握る。
「ヒビキの手、あったかいねー」
嬉しそうに言う、愛しいカナデ・・・
唇がちょっと触れるだけのキスから、お互いをついばむ様なキスに、
そして、どんどん深いキスになるのを止められない・・
暗がりの中でも、カナデの頬が上気しているのが分る。
「これくらいにしておこうよ。
これ以上したら、もう・・・」
甘い溜息をつきながら、カナデが言う。
「そうだな、いくら何でも、それはちょっと、な。」
ヒビキも掠れた声で言う。
夢と魔法の王国で許されるのは、王子様とお姫様だってキスまでなのだ。
****************
最後にテーブルを立ったサトルと淀川が、ぶらぶらと歩いていく。
マップで確認した位置に、古い大きな洋館が見える。
淀川の歩みが遅くなる。
「時間無いって言ってんのに、
なんだよ、もう・・・」
振り向くサトルを、淀川が上目遣いに恨めしそうに見ている。
「いいじゃん、幽霊に見守られながら、ちょっとだけ、
いい事しようぜ。」
「そんな事したら、祟られるぞ・・・」
ほとんど本気で怖がっている。
「いいから、行くの!」
サトルは淀川の手を掴んで、そのまま洋館の中へ入って行った。
パレードの時間が近いからか、元々今日が空いているのか、
あまり待ち時間も無く、中の丸くなった部屋に通される。
人物画が掛かっていて、それが、不気味な声の説明と共に、
上に伸びて行く。
急に自分が小さくなってしまったかのように感じる。
扉が開いて薄暗い廊下を進むと、黒いソリ形のライドが並んで動いていた。
これに乗って洋館の中を巡るのだ。
「お足元にお気を付けください・・・」
蝙蝠のカチューシャを付けたかわいい女の子のキャストが、
外見に似合わない、なんとも不気味な低い声で案内している。
サトルは入る前から繋いでいる手を強く握りなおす。
(誰だって怖いものはある。ここではオレがお前を守ってやるからな。)
などと、殊勝なことを考えていたサトル、しかし・・・
中は期間限定のスペシャルバージョンになっていて、怖いというより、
映画の世界に入り込んだようだった。
元々気味の悪い造りにはなっているが、ナイトメアービフォアクリスマス
と言う、ディズニー映画に出てくる、ジャック、サリーやゼロ、たくさんの
キャラクターがあちこちにデコレーションされて、綺麗で楽しくなっていた。
「なんだ、こんなの全然怖くないじゃん。
不公平だよなーー、ジェットコースターはあんなに怖いのに、
お化け屋敷は怖くない・・・」
不満げに言うサトルに、淀川が答える。
「オレが怖がってしがみついてくるとでも思ったか?」
「何だよ、怖くなかったからって、強気で来たな。」
黒いソリは時々方向を変えながら屋敷の奥へと入って行く。
ナイトメアーのデコレーションに気をとられていると、それほど
怖くはないが、そこはそれ、やっぱり一応お化け屋敷・・・
墓地が見える。
「あっ、マサシ、あれ!」
サトルが指差す方を見ると、
そこには、墓石から飛び出す、老婆の上半身が・・・
一瞬にして全身から血の気が引き、淀川は反射的にサトルにしがみ
付いていた。
そんな淀川の肩を抱き寄せながら、
サトルはその老婆に向かって、反対の手の親指を立てた。
「ナーイス、登場。サンキュー。」
(お化け屋敷って言ったら、こうじゃなきゃ、な?)
サトルに肩を抱かれた淀川は、サトルの胸に額をつけたまま身動きしない。
(こんなしおらしいマサシ、めったにないからな・・・
うーん、
黙ってれば、本当に可愛いのに、このままここで暮らしたい
くらいだぜ。)
淀川の柔らかい髪を撫でながら、何度もキスを落とす。
サトルは指を淀川の顎にかけ、ちょっと上向きにさせる・・
と、突然聞こえる幽霊たちの大合唱。
ぎょっとして思わず二人で手を取り合うと、黒いソリがくるりと壁の鏡の方に
向きを変え、そこには二人の間に割り込むようにして、緑の皮膚をした幽霊が
映っていた・・・
再度サトルにしがみ付いた淀川が、震える声で言った。
「だから、祟られるって言っただろ?」
****************
6人分のファストパスを取っていたので、無駄には出来ないとばかりに、
ビッグサンダーマウンテンでは、シノブとツカサが連続3回目の乗車。
さすがにキャストの人たちも笑っていた・・・
いい加減スピードにも慣れてきて、カーブを曲がるときの風圧の中でも、
目を開けていられるようになった。
一番高い所から一気に下る時には、ランドの景色が見渡せて、とても
綺麗だ、って、見えるのは一瞬だけなんだけど・・・
被っていたキャップは飛ばされるからって、鞄にしまっていた。
何時間か被ってたので、いつもより髪の毛がぺたっとして、その分
ちょっと長くなったように見える。
降りた後、風でくしゃくしゃになった僕の髪の毛を、ツカサが撫でて
整えてくれる。
「ちょっと長くしても可愛いな。」
って・・・確かにツカサに可愛いって言われるのは嬉しいんだけど、
一応僕も男なので・・・
「そういうんじゃなくさ、ヒビキみたいに短いのとか、ツカサみたいに、
つんつん立てたりしたらどうかな、結構似合う・・・ん、じゃないか
・・・な?」
それを聞いたツカサが笑う。
「そうだな、意外と似合うかもな。
でも、今のままで十分だから、シノブは背伸びをしないで、
このままでいて欲しい。」
あの透明な瞳で見つめながら言われると、なんだか・・・
欲情してきちゃった・・・
だって今日はずっと一緒なのに、多分僕たちだけ、何もしてない、と思う。
「ツカサ、キスだけ・・・、したい。だめ?・・」
そういう僕の手を握って、ツカサはビッグサンダーマウンテンの裏にある
人気のないトイレへ連れて行った。
誰もいないうちに二人で個室に入って鍵を閉める。
「こんなところで悪いけど、
シノブとキスしてるとこ、
もったいなくて、他のやつには見せられないから・・・」
そう言いながら抱きしめてくれて、まずは髪や額にたくさんのキス。
その後いつものように、僕を子供のように抱き上げて支えてくれる。
軽いキスだけじゃ我慢できない・・・
僕は両手でツカサの頬を挟んで、そっと唇を合わせた後、
お互いを貪る様な、長くて深い深いキスをした。
「最近積極的だな。」
ツカサにそう言われて、恥ずかしさのあまり、ツカサの肩に顔をつけた。
「だって・・・」
「いいさ、そういう積極的で淫らなシノブも、
みんなにからかわれて赤くなってる純なシノブも、
全部がオレのものだから。」
ツカサがこんな風に言ってくれるなんて・・・
やっぱり、ここは夢と魔法の王国、
ツカサは魔法使いに口が軽くなる薬を飲まされたんだ、きっと・・・
****************
全体的にとても洗練された洋風お化け屋敷である、ホーンテッド
マンションを十分堪能(?)し、サトルと淀川は外へ出る。
「そろそろだな、どの辺だっけ?」
と言うサトルに
「オレに聞くなよ・・・」
と、淀川が口を尖らせて言う。
「あっちの方だな、シノブに電話、入れておくか。」
シノブに電話をし、どの辺にいるのか確認すると、
(『じゃ、ツカサ、ちょっと、立って』)
と言う声が聞こえ、人混みの中で一際目立つ人影・・・
「あ、分った、今行く。」
係りの人に注意され、頭を下げながら座るツカサが見える。
用意のいいことにレジャーシートを敷いて、ヒビキとカナデ、
シノブとツカサが座っていた。
「ハシモト、これ、持って来てたのか?」
「うん、必需品、って書いてあったから。
それより、先生もサトルも早く座って、もう、始まるよ。」
ちょうど通行口の端に当たる位置で、くっつき合って座ると、
通路でキャストによる拍手の練習が始まる。
みんなで楽しもうというディズニー精神、見る人も参加して盛り上げようと
いう事なのだろう。
ライトアップされていた周りの木々の電気が、突然消えた。
真っ暗な中、音楽が聞こえてくる。
先頭は背中に羽の付いたブルーフェアリー、息を呑む美しさだ。
後からは次々と光り輝くフロートが現れる。
ミッキー、ミニー、グーフィーが乗った蒸気機関車。
ピンクのチシャネコの上には、不思議の国のアリスが乗って手を振っている。
テントウ虫にシャクトリ虫が、くるくる回りながらそれに続く。
ピーターパンが海賊船の上でフック船長と戦い、白雪姫の後ろでは7人の
小人たちが宝石を掘り出している。
光の行進に見惚れていると、誰かがヒビキのジャケットの袖を引っ張る。
「ん?」
横を見ると、幼稚園児か、小学生か、小さな男の子がじっとヒビキを
見つめていた。
「どうした?」
ヒビキが問うと、
「お兄ちゃんたち、双子なの?」
と聞いてくる。
この暗い中、私服だとほとんど似ていない二人なのに、よく分ったものだ。
「そうだよ、よく分ったな。」
「うん、だって、僕も双子だから。」
そう言って男の子は笑った。
「お兄ちゃんは、お兄ちゃん、それとも弟?」
何とも可愛い質問に、思わず笑いながら、
「オレは弟だ。お前は?」
するとその子も笑って、
「僕も、弟。
お兄ちゃんはあっちにいる。」
その子の隣に両親が座り、その向こうに、小さな手が拍手しているのが
見える。
あれが、この子のお兄ちゃんなのだろう。
「一緒に座らないのか?」
「だって、なんだか、恥ずかしいよ。
お兄ちゃんはいつも、僕は弟だからって、子供みたいに言うんだ。
僕だって、本当は、お兄ちゃんを守れるのに。
弟って、お兄ちゃんを守れないの?守っちゃいけないの?」
真剣に聞いてくる瞳に、いつかの自分の影が重なる。
「お前にとって、お兄ちゃんが大事で、守ってやりたいと思ったら、
守ってやっていいんだぞ。
お兄ちゃんだって、お前を大事だから守ってやらなきゃって、
思ってるんだろう。
大事だから守りたい気持ちは、お兄ちゃんも、弟も、
同じだからな。」
そう言うと、その子はすごく嬉しそうに笑った。
「うん、分った。
これからは、僕もお兄ちゃんを守るよ。」
この子の気持ちが俺たちのようになるのかは分らない。
でも、人を守りたい気持ちと言うのは、それが自分にとって大事な人で
あれば、それは、男とか女とか、他人とか、兄弟とか、全く関係なく、
ごく自然に沸いて来るものだと、思うのだ。
守りたいと思うなら、守ってやるべきだと思うぞ、オレは・・・
そう思いながら、その子の頭を撫でた。
光の群れが続く。
緑のドラゴンの長い首には、ピット少年が乗り、高い所から手を振っている。
シノブが少年に向かって手を振り、それに気付いた少年が、手を振り返してくれる。
シノブが嬉しそうに笑っている。
くまのプーさん、トイストーリーのキャラもフロートの上で
楽しそうに踊っている。
美女と野獣、バグズライフの虫たち、3羽の子を連れた白鳥、
「あれって、サトルと先生みたい・・・」
美女と野獣を指差してカナデが笑う。
「もちろん、オレが美女だよな?」
サトルが言って、淀川が笑う。
シンデレラと魔法使いのフロートが通る。
魔法使いがみんなに向かって、魔法の杖を振っている。
この6人にはどんな魔法がかけられたのか・・・
その後ろにもお馴染みのディズニーキャラが、次々と登場する。
ドナルドにディジー、チップとデール、メリーポピンズ、ピノキオ、そして
太陽とスポンサー名の入ったフロートで終わりを告げる。
シノブはずっと、
「すごいねーーー」
「きれいだねーー」
とツカサに話しかけながら、音楽に合わせて手を叩いていた。
こんなに楽しんでいるなんて、さぞかしウォルトディズニーも喜んでいる
ことだろう・・・
フロートが行ってしまうとシノブはさっと立ち上がり、
「さ、シート畳んで移動!
次、行くよ。」
と言うなり、シートの端っこを持って、まだ座ってるみんなを振り落とす。
「・・・次・・どこ?」
アスファルトに落とされたカナデが、シノブを見上げて聞く。
「プーさんのハニーハント。」
「って〜・・、何?」
「蜂蜜ポットに乗って、プーさんの絵本の世界に入っていくの。
早く行かないと、さっきのパレードがそっちに行ってるから、
終わった後だと混んじゃう。“
何のことやら良くわからないが、とにかく急ぎ足でシノブの後を追う事にする。
ヒビキの隣にいた男の子は、ヒビキに向かって手を振り、その後、お兄ちゃんの
手を無理やり繋いでいるのが見えた。
「お兄ちゃんを大事にしろよ!」
ヒビキは手を振り返しながら言った。
暫く行くと、巨大な絵本の形をした建物が見えてきた。
「あ、あそこだよ。」
シノブは走って行って、入口近くにいたキャストになにやら聞いている。
「どうした?」
「うん、もうすぐ花火の時間だから、今日は上がるか聞いて来たの。
ちょっと風が強いから、やっぱり中止だって。
残念だけど、その分もうひとつ多くアトラクション乗れるかもね。」
シノブは指を折りながら答える。
外はかなり寒くなっていたので、中に入ると暖かく、ほんのり甘い蜂蜜の
香りがした。
シノブとツカサが、女の子を連れたお母さんの後ろに座り、一台目で出発、
サトルと淀川、その後にヒビキとカナデ、二台目で後に続く。
ポットは滑るように進んで行く。
それぞれ違った動きをしているので、シノブがヒビキたちの乗ったポットに
向かって手を振っている。
途中で蜂蜜の大砲を浴びたり、ティガーと一緒にジャンプしたり、童心に返って
楽しめるアトラクションだ。
「楽しかったねーー、
じゃ、次ね。」
「次は?」
「へっへー、スペースマウンテン。」
「マウンテン?」
「まさか、又、ジェットコースター?」
「うん!!
ここって、3つのジェットコースターがあって3大マウンテン、って
呼ばれているんだって。
2つ乗ったんだからさー、3つ目も当然、乗るよね?」
サトルとカナデは顔を見合わせ、ガックリ肩を落とした。
歩いていると前方になにやら見たような・・・あの、スーツの女だ・・・
同じ方向に向かっている。
「あれだよーー」
シノブが指差す、ちょっと変わった屋根の建物。
もう時間も遅く、今日は元々空いていたので、人影もまばらになっていた。
スーツの女がキャストに近付いて行く。
長いストレートの髪を後で束ねた、すらっと背の高い女の子だ。
スーツの女を見ると笑顔で手を振った。
知り合いらしい。
二人で笑いながら話している。
ヒビキ達がエントランスの方に歩いていくと、そのキャストの女の子が、
「ただ今、10分程度でご案内しております。」
と、透き通った綺麗な声で言った。
「どーも」
と言いつつ、エントランスを入る。
「そうか、知り合いが働いていたんだ。
仕事が終わるまで、待ってるのかもな。」
淀川が何気なく呟くと、それを聞いていたみんなが頷く。
遊園地に一人で来るという、一風変わった、それでいて十分楽しんでいる
様子だった彼女を、みんな気にしていたようだ。
「あの女の人、すごいよね。
僕なんか、まぁ、子供だったって事もあるけど、一人でなんか絶対に
中に入れないって思ったのに、一人で堂々としてたし、楽しんでた
みたいだし、なんか、自立した大人の女の人って感じだよねぇ。」
「シノブも、大人の男になったら、一人で来るのか?」
「僕は・・・やっぱり、又、ツカサと来たいな・・・
って、いや・・・あの・・・みんな、みんなで一緒に、又、来ようよ。」
「シノブだって、ある意味、大人の男になったんじゃないのか、
つい最近?」
サトルに言われて、シノブは見る間に、耳まで赤くなる。
「なんだよーー、もーーー。
サトルのばかーー!!
そんなこと言うなーーーーー」
シノブが振り回した鞄が見事、サトルの後頭部に命中。
「俺たちのアイドルって、乱暴だよな・・・」
「サトルがからかうから悪いんじゃない!!」
シノブが赤くなったまま、ほっぺたを膨らませている。
****************
スペースマウンテンはスピードがあり、かなりの横Gが掛かるが、急降下や
急上昇はない。
星が瞬く夜空を駆け抜け、まるで宇宙旅行をしているような気分にさせて
くれる。
「カナデ、大丈夫だったか?」
「うーん、少しは鍛えられたかな・・・
自分からは進んでは乗らないけど。」
その後を、淀川に支えられながら、サトルがよろよろ歩いている。
「とりあえず、制覇したな、3大マウンテン。
よしっ!」
外へ出ると、ますます風が強くなっていた。
「さむーー」
「ほら、走ろう、あそこ、今日のラスト。」
斜め向かいの建物に向かって、サトルと淀川以外の4人が走って行った。
サトルに合わせてゆっくり歩きながら、何となく後ろを振り返ると、
スーツの女とキャストの女の子が、並んで歩いていた。
淀川とスーツの女の目が合った。
彼女はいたずらっぽい顔をすると、キャストの女の子の耳の近くに、
少し伸び上がるようにしてキスをした。
驚いて立ち止まった淀川に、彼女は笑いながら、口だけ動かして、
『頑張って。』
と言った後、キャストの子と二人で、左の建物の後ろへと歩いて行った。
(そうだったんだ・・・・・)