ゲートの近くまで来た。

「オレの分、パスポート買って来るから、先に入っててくれ。」
そう言う淀川に、

「オレも行く。」
サトルがすかさず付いてくる。
「独りになるなよ、絶対。二度と会えなくなるぞ。」

入ってすぐの所で待っていると言って、四人は先にゲートへ向かう。

淀川はパスポートを買った後、反対の方へ歩いて行こうとする。

「おい、こっち。」
入場ゲートを指差し、サトルが言う。

「もう一度言う。
 絶対俺から離れるなよ。分ったな!」

メインエントランスのミッキーフェイスの花壇のところで、四人は写真を 撮っていた。
「今日は左の方から回るからね。」
シノブが言い、歩き出す。

ワールドバザールにはもう、大きなクリスマスツリーが飾られていて、 その他、リースや雪の結晶などがたくさんデコレーションされている。

今年も残すところ、一ヶ月余りだな・・・
いろんなことがあった一年だった。
今年のクリスマスは、どうやって過ごそうか・・・

バザールにはたくさんのショップが並び、バルーンを持ったベンダーが 立ち、ディズニーの音楽が流れている。

ワールドバザールを抜けると、ウォルトディズニーとミッキーマウスの 像があり、その向こうにシンデレラ城が見える。
一度来たことのあるヒビキとカナデだが、あまり記憶に残っていないため、 ほとんど全員が初めてのようなものだ。
いきなり魔法の国に迷い込んだ感覚に陥り、6人で放心状態になって立ち尽くす。

「すごいね。」

「なんか、な・・・」

平日であり、なおかつ一昨日からの雨が、昼過ぎまで降っていた影響で、 思ったより空いているようだ。

「まずは、カリブの海賊からね!」

淀川から会計係を任されてから、シノブはディズニーランド関係の事を 調べまくった。
今日の行動計画も、シノブが立てているのだ。

「どんなアトラクションなんだ?」

「ボートに乗って、カリブの海に行って、海賊たちを見るの。」


****************


ほとんど待つことなく乗り場に着く。

「6名様ですね、
 それでは、ボート貸切で、出発でーす!」

キャストに元気に言われ、一同苦笑い・・・

先頭にシノブとツカサ、
真中の列にヒビキとカナデ、
一番後ろに淀川とサトル。

軽い振動とともに、ボートが動き出した。
結構暗い。
右手に何やら、オープンテラスのレストランのような所が見える。
ランタンが灯っていい雰囲気だ。

そこを通り過ぎようとした時、夜空を、すぅーっと横切る光・・・

「あ、流れ星だ!」

シノブが声を上げる。
偶然、全員がそれを見ていた。

誰も知らなかったが、ここで流れ星を見ると、幸せになれると 言われているのだ・・・

そこから少し行くと、海賊の、
「もう後戻りはできねえぜ。」
と言う声が聞こえ、
急にボートが下に落ちた。

予想してなかったので、一瞬びっくりし、 それぞれが隣に座っている者と手を握り合った。
ボートはカリブの海へと進んでいく。

人形がかなりリアルで、今にもボートに乗り移ってきそうだ。
建物の中なのに、天井と言うか、空が高いし、かなりの広さだ。

「すごいね。」とシノブ。

「よく出来てるな。」とツカサ。

「昔も来たな。」とヒビキ。

「うん、こわかった・・・」とカナデ。

「今、ここにいるのが信じらんねーー」とサトル。

「嫌味言うなよ。ナビ、サンキュー。」
淀川はそう言うと、サトルの耳にキスをする。

前を見ると暗いのではっきりとは見えないが、それぞれ、肩を 抱いたりしている。
サトルも淀川の肩を抱き寄せ、軽く唇を合わせる。

「ディズニーランドでしていいのは、ここまでだよな。」

「まあ、な。」

しかし、ここでキスしていたのは、サトルと淀川だけだったのだ・・・

ヒビキとカナデは、肩を抱いてはいたが、昔の話をしていただけだし、 シノブとツカサは、人形が良く出来ていて、俳優の誰それに似ているとか、 そんな話をして笑っていただけだ。

ボートが上に上がり、廊下を抜けると、今までかなりの暗がりで、時間も 長めだったので、外の光がとても眩しい。

「あーー、面白かったねぇーー」
シノブが嬉しそうに言う。

そして目を輝かせて、
「あーー、チュロスだ。食べよーよー!」
と、前に止まっている赤いワゴンに向かって、走って行った。

「これね、ずっと食べたかったんだ。
 みんなも食べるよね?
 これは一人一本、予算に入ってるからね。」

すでに人数分購入済みで、それぞれに手渡してくれる。
あったかくて、サクサクしてて、中はふわふわで、ほんのりシナモンの 味がして甘く、美味しい。

「なんかさ、ひとつひとつが、ディズニーランドに来たって、
 感じさせてくれる感じ・・・って、変な言い方だけど。」
シノブが笑って言う。

「うん、なんか、分る。」

「これ、結構、旨いな。
 後で、又、食おーっと。」
サトルが、口をもぐもぐさせながら言う。

「これは一人一本まで。
 追加分は自分で払ってよ!」

「分ってるって。
 しっかりしてるな、シノブ・・・」

「だって、今日の行動計画アンド会計係は僕なんだからね。
 言う事聞かないやつは置いてく!」


****************


「次はジャングルクルーズだよ。」

「どんなアトラクションなんだ?」

「ボートに乗って、ジャングルをクルーズするの。」

「って、そのまんまじゃねーか。」

「だってーー、本当にそうなんだもん・・・」

今日は本当に空いているのだ。
ほとんど待つことなく乗り込めた。

乗客は全部で12,3人だ。
淀川の向かいに、スーツを着た女が座っている。
グレーのウールジャケットに膝丈のタイトなスカート、ライトブルーの シャツの胸元には、細い金のチェーンが見えた。
25,6歳か、ショートボブで頭が小さく、少しつり気味の綺麗な目をしている。
しかし、どう見ても、一人のようだ。
なんとなく、気になって見てしまう。

船長さんが、
「それでは、見送りの人たちにご挨拶しましょう。
 行ってきま〜〜す!」

と言うのに合わせて、シノブが元気よく、
「行ってきまーーす!!」
と言いつつ手を振る。

「って、誰も見てませんねーー」
と言われ、シノブは恥ずかしかったが、おかしくて笑ってしまった。

ボートはジャングルの中を進んでいく。
動物たちはリアルだし、船長さんの話は面白いし、全然飽きさせない。

淀川の向かいの女も、時々くすっと笑っては、楽しそうにしている。
一人で来ているにはごく自然に振舞っているし、何より、 楽しんでいるように見える。
人それぞれ事情と言うものがあるんだし、楽しければ一人だろうと、 誰と来ようと、他人には関係ない。
俺達だって、見る人が見れば分ってしまうのかもしれない。
男友達6人ではなく、3組の恋人同士だって・・・

淀川がいろいろと思いを巡らせているうちに、ボートは船着場へと 戻ってきた。

「忘れ物のないよう、気を付けてくださいね。
 カメラ、時計、バッグ、3日以内に取りに来ない場合は、
 船長さんの物になっちゃいますからーー
 特に、お子さん、忘れないでください。
 今週だけで、3人、貰っちゃいました・・・」

お決まりの台詞なのだろうが、シノブが大笑いをしている。

車で泣かれた時は、どうしたものかと思ったが、この分だと大丈夫だ。
ミナセの言うように、今日の思い出がハシモトの過去の辛さを 忘れさせてくれるよう願う。
人生にはいろんなことがある。
楽しい事なんて、辛い事の半分もありはしない。
でも、こうして、辛い事や悲しい事を克服して行って欲しい。
辛い思い出に負けないで欲しい。
いつか、必ず、そんな事があった、と、笑える日が来るから・・・
って、こんな歌詞の歌があったような・・・


****************


「じゃー、次はウエスタンリバー鉄道。
 このすぐ上が乗り場だから。」

「それはどんなアトラクションなの?」
カナデが聞く。

「蒸気機関車に乗って、ウエスタンランドをぐるっと一周するの。
 なんか、恐竜とかも見られるらしいよ。」

上へ上がると止まっていた機関車が、ちょうど出発するところだった。
3両編成で、混んでいる時にはかなりの人数が座れるようだ。

キャストに人数を聞かれ、シノブが元気よく、
「6人です!」
と答えている。

「学校のお友達ですか?」

「はい。」

「夢と魔法の王国を、楽しんでくださいね。」
にっこりしながら言ってくれる。

「ありがとうございます。」
シノブがペコッとお辞儀をして、他の5人もちょっと照れくさそうに 笑いながら前へ進む。

「なんかさー、気持ちいいよね。
 みんな、笑顔で、親切だし。」

「うん、ゴミひとつ落ちてないし。」
みんなが話しているのをよそに、サトルが淀川の耳に囁く。

「一番後ろに座っていいか?
 なんか、眠くなってきた・・・」

「みんな、車の中で寝てたのに、オオトモは寝てないもんな。
 ごめ・・・・」

謝りかけた淀川を、サトルが遮る。

「謝るなよ。
 マサシの方向音痴がじっくり分った、貴重な時間だったからな。
 それに、それを言うなら、マサシが一番疲れてるはずだろ?
 あれだけ飛ばして来たんだから。」

「実は、オレもちょっと、眠いと思ってた・・・」

「じゃ、決まり。後で昼寝だ。」

「みんなには、申し訳ないけどな。」

暫くすると、次の蒸気機関車がホームへ入って来た。
サトルと淀川は早速、後ろの席へ、
他のみんなも付いて来る。

「カリブの海賊でも、後に座ってたよね?」

「誰も見てないと思って、なんか、してなかったか?」

「するわけねーだろ、夢と魔法の王国で。」

サトルが言うのを、他の4人は、ジーっと疑いの眼差しで見ている・・・

「なんだよーー、ま、ちょっとは、な。
 お前らだって、肩抱いたり、してただろ?」

「それだけだぞ」

「へっ?・・・何もしてなかったのか?・・・」

「サトル、変なことしないでよ。
 いろんなとこにモニターが付いてて、見られてるって話、
 聞いたことあるよ。」
シノブが言うと、

「えっ、そうなのか?」
淀川が慌てている。

「先生――、なにアセってんの?
 やっぱり、したんだー、さっき・・・」

「オオトモも言ってただろ、
 ちょっとだけ、ほんの軽く・・・」

言いつつ二人で赤くなっている。

「なんだかんだ言って、実はラブラブだよねー、サトルと先生ってさー。
 でも、今度は外から見えるからね。
 気をつけてよ!」

結局、一番後ろにサトルと淀川、
その前にシノブとツカサ、その又前にヒビキとカナデが座った。

動き始めて間もなく、淀川がサトルの肩に頭を載せて、ことっと 寝てしまった。
その頭にサトルも頭を載せて、あっと言う間に眠りに落ちた。

「ねぇ、ほら、あそこ見て。」
と言いつつシノブが振り返ると、

「寝てる・・・・」

「疲れてるんだよ、2人とも。
 俺たちは車の中で寝たけど、サトルも先生も寝てないし、
 なんか、途中、何度も道に迷ってたらしいんだ。
 サトルが怒ったり、溜息ついてるのが、聞こえたからな。」

「そうなんだ、ちっとも知らなかった・・・」

「寝かしておいてやろう。このアトラクションを楽しめないのは、
 残念だろうけどな。」

「うん、あ、ほら見て、マークトゥエイン号だ。
 夜乗ると綺麗なんだって。」

右手の方に大きな蒸気船が見える。

「マークトゥエイン号か。よく知ってるな。
 調べたのか?」

「うん、今日のために、予習、ばっちり。」

「シノブらしいな。」
言ってツカサがくすっと笑った。

この間電話で話した時に、ランドでの辛い思い出については聞いていたが、 車で泣いた顔を見たときは胸が痛んだ。
それほどランドの入り口で昔受けた心の傷が深かったんだろう。
ごく小さいときに母親を亡くして、良くここまで純粋に育って来たものだ。
過去に受けた心の傷を消し去ることは出来ないし、これからも傷つくことは あるだろう。
でも、そこから立ち直るために、手を差しのべたい。
シノブが助けを必要としているときは、真っ先に駆けつけてやりたいと、 心から思った。

機関車はゆっくり走っていく。
クリッターカントリーのスプラッシュマウンテンが見える。
ちょうど丸太のボートが滝から落ち、
『きゃーー』っと言う悲鳴が聞こえる。

「あれ、乗ろうね。
 すごいスピードで落ちるんだって・」

「ああいうの好きなのか?」

「乗ったことないけど、気持ちよさそうだよね。」

全てがわくわく、楽しくて仕方のないシノブであった。

その後、機関車はアメリカ川をぐるりと回って、左手にビッグサンダー マウンテンが見えてきた。
機関車が通りかかったとき、横を爆走列車が走っていく。
すごいスピードでカーブを曲がり、あっという間に山の中に吸い込まれていく。

「これもいいねーー。乗ろうね、乗ろうね!わーーい。」

「どっちが先だ?」

「うーん、ツカサはどっちがいい?」

「どっちか怖いほうから乗らないか?
 ジェットコースターがだめなやつが、すぐ分るからな。」

「ツカサ、もしかして・・・悪魔?」

「でも、楽しいだろ?」

「うん、すっごく!」

二人で顔を見合わせて笑う。

機関車はトンネルの中へ入っていった。
右手に古代の恐竜たちが見える。
映像なのだろうが、とてもリアルだ。
「うわー、すごいね。
 よく出来てるって言うか、どうなってるんだろう。」

見るもの全てに驚き、歓声を上げ、その純粋な心で周りのものを 魅了するシノブ。
その天性の魅力のせいで、望んでもいない心の傷を受けたシノブ。
もう二度とそんな辛い思いはさせない。俺が守るからな。
シノブ、愛してる、心から。
暗がりの中で忍の横顔を見ながら、ツカサはちょっと苦笑いする。
(今日は誓ってばっかりいるな・・・)

トンネルを抜けると間もなくホームに到着。
急いで、後で仲良く夢の中の二人を起こす。

「着いたよ、先生、サトル、起きて。」
二人の足を思いっきり揺する。

「お・・おぉ・・」

半分寝ぼけた顔で、二人は手をつないで機関車から降りる。

「なにーー、手なんか繋いで。みんな見てるよ。」

シノブが冷やかすように言うと、
とたんに、はっと目が覚めた二人は、手を離したかと思うと、 そろってそっぽを向く。
まるで鏡合わせの様な二人の動作に、他の四人が爆笑した。

「疲れ、少しは取れた?」
カナデが心配そうに聞く。

「んーー、少しいいかな。」
とサトル。

そこで淀川が肩に掛けていたリュックをごそごそしだした。

「忘れてた・・・きっと必要だと思って、ユンケル持ってきたんだ。」
と言いつつ、二本のユンケル皇帝液を取り出す。

「なんだよ、そんないいもん持ってたんなら、早くよこせよ。」
横からサトルが一本奪い取る。

「ちょっと、二人そろって、まさかここで飲むんじゃないよね?
 ほら、あそこ、トイレだから、あそこ行って飲んでおいでよ。
 二人でユンケル飲むなんて、なんか、すっごい、アヤしーー」

「初めから言ってんじゃん、
 男六人のアヤしい行動って。」

「僕たちはアヤしくないもん。
 次のアトラクション行くから、早く行って。
 ついでに顔も洗っといでよ。」

淀川とサトルはとぼとぼとトイレへ向かう。

待っているシノブたちの鼻をくすぐるように、風に乗ってなにやら 甘い香りが流れてくる。

「なんだろー、おいしそうな匂い。
 僕、見てくるね!」

シノブがさぁーっと走って行ってしまう。
ツカサが後を追う。

甘い香りはポップコーンのワゴンから流れて来ていた。

「何味かな・・・あ、ココナツだって。珍しいね。
 大きいの一つ買って、みんなで食べよう!」

チップとデールのバケット入りストラップ付を購入する。
シノブがそれを首から提げて、
「ちょっと味見ね。」
と言いつつ、ぽりぽりと食べ始めた。
なんとも可愛らしい姿に、ツカサは思わず笑ってしまう。

ヒビキ達の所に戻り、みんなで食べる。
ココナツってもっと癖があるのかと思っていたが、とても食べやすい味だ。
次から次へとみんなの手が伸びる。

サトルと淀川は、トイレの洗面所で二人並んで顔を洗い、 腰に手を当ててユンケルを飲んだ。

「これで夜までオッケーだな。」

個室の陰に隠れて見えないのをいいことに、サトルが淀川に顔を近づけ、 右手の人差し指でメガネを持ち上げ、ちょっとディープなキスをする。

「ユンケルの後で、こんなキスするなよーーー」
メガネを直しながら、耳まで赤くなった淀川が口を尖らす。

「すでにユンケルの効果ばっちり。」
サトルが笑いながら外へ出て行く。

一瞬鏡を見た淀川、
「ちょっと、赤いか。
 これだとバレちまう・・・・・」
ぶつぶつ言いつつサトルの後に続く。

二人を迎えた四人、互いに顔を見合わせて、ぷっと吹き出す。

「なんだよ。」
サトルがぶっきらぼうに聞く。

「先生、顔赤いよーーー、
 どうしたのーー?」

「お前らとユンケルって、ほんっと、
 アヤしいよ、な・・・」


****************


歩きながら、バケットに残っていたポップコーンは、ほとんど サトルが食べてしまった。
まあ、あんまり残ってはいなかったんだけど・・・

「さてー、次は、ツカサの提案で、スプラッシュマウンテンに
 行きまーーす。
 あ、でも、その前に、ビッグサンダーマウンテンのファストパス、
 取っておこうか。
 そしたら続けて乗れるもんね。」

シノブが急いでみんなのパスポートを回収し、ファストパス発券機の ほうへ走っていく。
あわててツカサが追いかける。
シノブは足も速いのだ。
ツカサが追いついた頃には、3枚目のパスを入れているところだった。

「時間結構開いちゃうねーー
 取ったけど、スタンバイの列が空いてたら、並んでもいいしね。」

次から次へとアトラクション攻略法を考えている。

「戻るよー。」
の声と共にシノブはみんなのほうに、又走る。

「待てって。」
こんなにパワー全開で遊んだら、すぐに疲れてしまうんじゃないかと、 心配になる。
「まあ、いいか。疲れたら俺がおぶってやるさ。」

晩秋の日暮れは早く、外はもうすっかり暗くなっていた。
坂道を上がると、前方右手に滝が見えて来た。
そこから丸太のボートが水しぶきを上げて落ちていく。

まず、カナデの足が止まった。
「これ、乗るの?・・・」

「うん、楽しいよーー、きっと。」
シノブはスキップしながら後ろを振り返る。

「カナデ、こういうの、苦手だからな。」
ヒビキが言う。

「うーーーん、パスって訳には・・・」
心底困ったような顔をしている。

「じゃ、オレも一緒に見てるから、
 お前ら乗ってこいよ、な。」
サトルがカナデの肩に手を掛けて言う。

「サトル、乗らないの?」

「カナデだって、一人で待ってるの、嫌だろ。」

「ふーーん」

5人が一斉にサトルを指差し、
「怖いんだ、!?」
と、大声で言う。

「なんだよ、みんな揃って。
 怖い訳、ないだろ、こんなの。」

「アヤしーー」
シノブがくすくす笑った。

「カナデ、乗ってみようよ。
 中に動物がたくさんいて、すごく楽しいらしいよ。
 怖いのはあの滝のとこだけだって。
 あれも、一瞬だから、大丈夫だよ。
 カリブの海賊の落ちる所は大丈夫だったんでしょ?
 じゃあ、平気だよ。」

シノブがカナデの背中を押す。

「乗ってみようぜ、カナデ。」

「うーん・・・サトルは?」

「カナデが乗るなら、一緒に。」

「サトルがそう言うなら、じゃあ、乗ってみようか。」

「う・・・うん、そうだな。」
(ちぇー、乗らずにすむかと思ったのに・・・
 どうすんだよ、これ・・・)

サトルはすでに、両手にびっしょり汗をかいていた。
中学の時、友達と行った遊園地で、ごく普通のジェットコースターに乗り、 降りてから気を失ったことがあるのだ。
それ以来、ジェットコースターと聞いただけで、冷汗をかいてしまう。

淀川がそんなサトルの様子を見て口を開く。
「オオトモ、本当にだめなら、乗らなくていいぞ。
 一緒に見ていよう。」

「みんなで楽しんでるんだからな、ここで乗らなきゃな。」
と、サトルが言うのを聞いて

「わーーい、じゃ、みんなで乗ろうーー!」
シノブはもう、両手を挙げる練習をしている。
ボートが滝つぼに落ちる時に写真を撮られるから、その時には両手を 挙げてポーズをとるのだと言う。

乗り場はいばらの茂る山の中にあった。
シノブとツカサが一番前、
次がヒビキとカナデ、
その後ろにサトルと淀川が乗り込む。
待っている列をチラッと見ると、さっき、ジャングルクルーズで見かけた スーツの女がいた。
誰と話している訳でもなく立っているから、やはり一人らしい。
根っからのディズニー好きか、 それとも何か事情があるのか、 スーツを着ているというのもこういう場には、違和感を感じさせる。
淀川がそんなことを考えているうちに、ボートは出発した。

丸太のボートは水路を巡って行く。
たくさんの動物たちが歌ったり、話したりして、何かのストーリーに なっているようだ。
ゆっくり進んでいくので怖くはない。
童話の世界に入り込んだようだ。

「なんだ、へーきじゃん。」
サトルはほっとして、辺りを見る余裕も出てきた。
前に座っているカナデも、笑いながらヒビキと話している。

動物たちのいる森を抜け、ボートはちょっとの間、外へ出る。
あちこち、ライトアップされていて、とても綺麗だ。
半周ほど山の外を回って、再び山の中へと戻っていく。
途中で一回、すぅーっと落ちる所があって、ヒヤッとするが、 大した落差ではなかった。

(でも、このままでは終わらないんだよ、な?・・・)と サトルが思っていると、 ガタンと音がして、ボートが一瞬止まった。
前の方に真っ暗な空が見える。

「あれ??」
と思った途端、ものすごいスピードで真っ逆さまに墜落、したような・・
ザバーーンと滝つぼに突っ込み、かなりの水しぶきを浴びる。

着いた所で、又動物たちの大合唱。
ブレアラビットは無事、故郷へ帰ってきて、 ストーリーはめでたし、めでたし。

「やっぱり、すっごく、面白かったねーー」

ツカサが手を引いて、シノブがボートから降りる。
続いて、ヒビキもカナデの手を引いて降りる。
そして、淀川が・・・と、サトルが放心したように座っている。

「大丈夫か、オオトモ。」
淀川が手を差し伸べると、

「こっ、こ・・、腰・・・、ぬけ、た・・・」

後ろを振り返ったツカサが笑いながら戻って来る。
淀川と二人でサトルを立たせ、半ば引きずるように連れて行く。
カナデもヒビキに支えられてはいるが、何とか自分で歩いている。

シノブが
「外で待ってて、さっきの写真、買ってくるから。
 サトルの介抱、よろしくね。」
と言って、カウンターへ向かう。

離れた所にベンチを見つけ、そこに、サトルとカナデを座らせる。

小学生の子供達が、
「最後がちょっと怖かったけど、面白かったね、
 後でまた乗ろうか?」
と話しながら、横を通っていく。

カナデが顔を上げて、ちょっと恥ずかしそうに笑う。

サトルは下を向いたまま動かない。

その後シノブが買ってきた写真を見て、みんな笑っていいのやら、 複雑な表情をした。
一番前のシノブとツカサは、二人揃って両手を挙げ、それはそれは 楽しそうに写っている。
その後ろには、これ以上できないって言うほど体を丸めた、カナデと サトル、ヒビキと淀川が、それぞれをかばうように覆いかぶさっている。
はっきり言って、シノブとツカサ以外は、誰が写っているのか分らない・・・

「この写真、貰っていいかな・・・?」
シノブが申し訳なさそうに言う。

サトルが虚ろな声で、シノブとツカサに向かって一言・・・
「お前ら人間じゃねーー」

カナデも、
「みんな、本当に大丈夫だったの?
 はぁーー、命縮んだ・・・」

その横をスーツの女が歩いていく。
淀川のほうをちらっと見て、心なし、笑いかけていったように見える。

ヒビキが、『ヒューッ』と口笛を吹く。
「いい女だな、先生、やるじゃん。」

「マサシが何だって?」
突然サトルが顔を上げる。

「何って・・・見てなかったのか、今?
 スーツ着たすっげーいい女が、
 先生見て、笑いかけていったんだぜ。
 サトル、ピーンチ。」
ヒビキがニヤニヤしながら言う。

「馬鹿か、お前ら。
 見間違いに決まってんだろ。」

「僕も見たよ。
 確かに先生のほう見て、にっこり笑った。」
シノブが言うと、ツカサも隣で頷いている。

「マサシ、本当か?」

淀川は指でほっぺたを掻きながら、困ったようにサトルを見た。

「うーん、なんか、そういう風には見えたけど。
 でも、それだけだからな。」

「今度会ったら、話しかけてくるかもな。」
ツカサがボソッと言う。

「次、どのアトラクション、行くんだ?」
急にサトルが立ち上がった。

「あれーー、サトル、立てるようになったんだ。
 よかったね。
 じゃ、次、ビッグサンダーマウンテン、いこーー!」

「どんなアトラクションなんだ?
 山に登るのか?」

「ゴールドラッシュの後の廃坑を駆け抜ける、
 ジェットコースター!!」

シノブが元気に前にそびえる山を指差した。
無言でサトルが又、ベンチに腰を下ろす・・・