The Kingdom of Love and Magic
(愛と魔法の王国)
放課後、またしても2Cの教室に集まってる、ヒビキ、カナデ、
サトル、シノブの4人。
ついに最後のシノブにまで恋人ができ、それぞれに幸せを感じて
いる今日この頃・・・
シノブは片思いの辛さを思いきり味わった後なので、今この幸せを
大事に大事にしていきたいと、毎日思って過ごしている。
「みんなでどっか行きたいねー」
とカナデが言う。
「うんうん、いいねぇ」
とシノブ。
「みんなでって、6人でか?」
とヒビキ。
「なんか、ヤロー6人でって、アヤしいよな・・・」
とサトル。
「アヤしくてもいい、ってやつは手を上げろ」
いつの間に入ってきたのか、2Cの担任、淀川が立っていた。
「うわっっ、びっくりしたーー」
ちょうど真後ろに立っていたので、シノブが跳び上がらんばかりに驚いた。
「なんだよー、どういう意味だ?」
さりげなく隣に歩いていきながら、サトルが聞く。
「だから、ヤロー6人でどっかに行くっていう、アヤしい行動に
賛成なやつは手を上げろって。」
淀川がにやっと笑いながら言う。
「先生、どっか連れて行ってくれるの?
ツカサと一緒に行けるなら、僕は賛成!!」
シノブが勢いよく手を上げる。
「6人って言ったよね?
うん、俺も賛成」
カナデも手を上げる。
「場所にもよるよなーー、
クラシックのコンサートとか、アニメの映画って言うんじゃ
ないだろーな」
眉間にしわを寄せて、ヒビキが言う。
「一緒に出かけてもいいのか?」
サトルが小さな声で、ささやくように聞く。
何と言っても、教師と生徒、2人で行くのは近所のコンビニや
レンタルビデオショップくらいのものだ。
男同士ということを隠すつもりはまったくないが、やはり、
教師と生徒というのは、他の生徒の手前もあり、卒業するまでは、
なるべく知られないよう、気をつけているのだ。
淀川はサトルの目を見て頷き、
「条件付だけどな。」
そう言って、ジーンズのポケットから封筒を取り出す。
切手が貼ってあるので、誰からかの手紙のようだ。
封は開いていて、そこからなにやら、小さなカードのようなものを出した。
「これ、実家の親父が送ってきたんだ。」
よく見ると薄いブルーの地に、ミッキーマウスの絵が描かれている。
「もしかして・・・
ディズニーランドのパスポート!?」
シノブが指差して大声を上げた。
「うわーーー、本当に、ディズニーランドのパスポートだ。
先生、連れてってくれるの?
あれ、でも・・・5枚しかないよ?」
淀川の手からパスポートを貰ったシノブが、見上げて言う。
「お前らだけで行ってこ・・」
と、淀川が言いかけたのと同時に、サトルが抑揚のない声で言った。
「マサシが行かないんなら、オレも行かねーー」
その声を聞いて、ちょっと赤くなった淀川が続ける。
「話しは最後まで聞けよー・・・、途中だろ。
お前らだけで行って来いっていうんなら、最初からこんな
話してない。
親父が送ってきたのは5枚だから、これは学生であるお前
たちにやるとして、オレは一応社会人だからな、自分の分は
自分で買うよ。
アヤしい6人で、ディズニーランド、行くか?」
「はーい、はーい!」
まるでサザエさんのイクラちゃんのように、シノブが両手を上げた。
「なんか・・・・異常なほど喜んでないか?」
ヒビキがボソッと言う。
「だって、行きたかったんだもん、ツカサと・・・」
シノブが下を向いて、ポツッと一粒涙を落とした。
「乙女になって、涙もろくなったな。
起承転結、じゃない、喜怒哀楽が激しくなったって言うか・・・
泣くなよ、みんなで行こーぜ。」
ヒビキが頭をポンポンと叩くと、目に涙をいっぱい溜めたシノブは、
にっこり笑って頷いた。
「うんっっ、
でも、僕は乙女なんかじゃないからねっ!」
****************
11月末までの期限付きパスポートだったため、急いで計画を立てた。
6人で行くとは言っても、2人ずつで、ちょっと肩を抱いたり、
時々手をつないだり、こっそりキスのひとつも・・・というのは、
それぞれが心の中で思い描いていることなので、あまり混んでいる日は困る。
それに、淀川が言っていた条件というのは、混んでいない日を選んで行くと
いうことだったのだ。
土日なんかだと、学園の誰かに会わないとも限らない。
しかし、平日学校が終わってからだと、ランドに到着するのが夜になってしまう。
そう思って、学校の行事表を良く見てみると・・・
11月25日は、県の教育委員会の視察が入るとのことで、授業が昼で
終わりの日だ。
シノブが早速ツカサに連絡を取り、バイトの日をずらしてもらえることになり、
アヤしい6人でのディズニーランド行きが決定した。
****************
電車で行くと乗り継ぎに時間がかかってしまうので、淀川が友達からワゴン車を
借りて来ることになった。
「マサシ、車持ってないだろ、ペーパーか?」
「なんだよ、その言い方。心配なのか?」
「だって、みんな一緒なんだぞ。
事故ったら、アヤしいって、新聞に載るだろ。」
「その心配はない。運転は完璧だ。問題なし。
でも・・・
オオトモ、ナビできるか?」
「俺、配達に行くからな、地図とか標識見たりするのは
結構得意だぜ。」
「そっか・・・(よかったーー)」
「なんだよ」
「いや、じゃ、ナビ、頼むな。」
****************
ヒビキのベッドに腰掛けながら、ヒビキとカナデが話している。
「小さい頃、一回だけみんなで行ったことあったね。」
「なんか、親父とお袋が、ギクシャクし始めてて、俺たちを
楽しませようと必死で、なんか・・・疲れたよな。
確か、昼間遊んで、夕方にはもう、電車に乗ってた。」
「うん・・・すごくワクワクしたのに、楽しかった記憶がない。」
「今度は楽しもうぜ。」
ヒビキはそう言いながら、後ろからカナデを抱きしめ、耳から首筋に
キスを落としていく。
「あ・・っ・・・、う・んっ・・っ」
(そうだね)という言葉は、喘ぎに変わった・・・
****************
「ツカサ、バイトはどうしたの」
「土曜の人と替わってもらった。
ちょうどその人も変わって欲しかったって言ってくれて。」
「そうなんだーー、良かった、神様が味方してくれたんだね。
ツカサは行ったことあるの?」
「いや、ない。
シノブはあるのか?」
「入ったことはないけど・・・」
「ってことは、行ったけど入らなかったってことか?」
「小学校6年のとき、お父さんが連れて行ってくれるって
言ったんだ。
いろんな事調べて、すごく楽しみにしていたのに、でも・・・
前日になって急に仕事が入って、又出張に行っちゃったんだ。
悲しくて悲しくて、行きたくてどうしようもなくて、お父さんが
出掛けた後、僕一人で電車に乗って、ディズニーランドの
入り口まで行ったんだけど、みんな、友達とか家族と一緒で、
一人で来てるなんて、僕だけだった。
パスポートを買う列にも並べなくて、自分が惨めで、悲しくて、
泣きながら又電車に乗って帰ってきたんだ・・・
その時思ったんだ。
いつか来たときは、うんと楽しみたいって。
その後は友達もたくさんできて、空手にも本格的に力を入れる
ようになったから、そんなことがあった事も忘れてたんだけど、
パスポートを先生が見せてくれたら、一気にいろんなことを
思い出して・・・
へへっ、実は、理由は言わなかったけど、みんなの前で、
ちょっと、涙出ちゃった・・・」
「そうか・・・・・
でも、今度はみんな一緒だからな。」
「うん、すっごく楽しみ!
ツカサと行けるなんて思ってもみなかったから、嬉しくて。
いっぱい楽しんで来ようね。」
「そうだな、今まで、ディズニーランドなんて、考えたことも
なかったけどな。」
「車だと3時間くらいなんだって。
ねえ、おやつは何がいい?
お昼も車で食べるって言ってたから、おにぎり、サンドイッチ?
何か食べたいものがあったら言ってね。」
「シノブに任せるよ。
それより、明日も朝練あるんだろう。
そろそろ寝たほうがいいぞ。」
時計は11時を回ったところだ。
朝練の日は5時起きなので、心配してくれているのだろう。
「うん・・・、ツカサ、大好き」
「オレもだ。
じゃ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
****************
ディズニーランド行きが決まって数日後、2Aでの授業が終わった後、
「ハシモト、後で英語準備室に来い。」
と、淀川がシノブを呼んだ。
ホームルームが終わり、部活へ行く前にシノブは一人、準備室へと向かう。
トントン・・・
「ハシモトです。入っていいですかーー?」
「おーー」
中に入ったシノブを見て、
「これから部活か?」
と言いつつ手招きする。
淀川の机の横まで行くと、引き出しから封筒を取り出す。
「又、お父さんから何か送ってきたの?」
淀川が苦笑いをする。
「そんなにしょっちゅう来るか。
これはなーー、この間買った宝くじが当たって、昨日引き
換えてきたんだ。
ハシモト、今度のディズニーランド行き、会計係をして
くれないか?
大した額じゃないから、申し訳ないんだが、これで夕食とか、
まかなえるように考えてくれ。」
「ホントーー、すごいね、先生。
でも、サトルじゃなくていいの?」
「適材適所って言葉があるだろう。
オオトモには別の役を頼んであるんだ。」
「分った。
じゃ、その他にも、いっぱいアトラクション乗れるように、
行動計画も立てておくね。
でも、それって、先生が当たったんだから、先生が使った
ほうがいいんじゃないの?
サトルとご飯食べに行くとか、なんか買ってあげるとか・・・」
「思いがけない収入だから、いいんだ。
オオトモを甘やかす必要もないしな。」
「先生ったら、又そんな風に言って・・・
でも、本当に、いいの?」
「ああ、もちろんだ。」
「ありがとう、これでお財布持たないで行けるね。」
「大した額じゃないから、しっかり計画立ててくれ、な。」
この事はシノブがヒビキとツカサに伝え、ヒビキがカナデに伝え、
カナデがサトルに電話で伝える。
サトルはそんな話、聞いてないと言う。
なんなんだと思いつつ、サトルは淀川に確認の電話をする。
「なあ、本当に当たったのか?」
「ああ、本当だ。(300円は、な)」
各家庭で経済状態は違う。
ディズニーランドに行ってからも、食事その他で費用がかかる。
淀川が誘ったことで、負担になることは避けたいし、
何も心配しないで楽しんで欲しいと思っている。
淀川は時々、知り合いの翻訳家の下訳を手伝っている。
公なものではないので、学校の方にも問題はない。不定期な収入なので、
その一部をまわした訳だ。
まあ、300円は本当に当たったんだから、嘘とは言えないだろ?
****************
旅行の前々日に、淀川がサトルのバイト先に迎えに来て、一緒に淀川の
友人のところに車を借りに行く。
大学時代からの友人だという、三上は、淀川からサトルのことを聞いて
いたのだろう、特に二人の関係については聞かず、
「よろしくな」
と言って、人懐っこい顔で笑っただけだった。
「大友くん、雅史から何か聞いてる?」
「えっ、何をですか?」
「雅史、話してないのか?」
「いや・・・、ナビ、よろしく頼むって言ってある。」
「しっかり、ナビしてやってくれ、な。」
と言いつつ、三上はサトルの肩を叩いた。
なんとなく怪訝な顔をして頷くサトルに、三上はにやりと笑った。
どうせ近くに用事があるからと、三上は淀川とサトルを乗せて、
車を運んでくれる。
高梨家の父親は単身赴任中で、来週の火曜日まで帰ってこない。
ガレージが空いているので、車を預かってもらう。
「じゃ、気をつけてな。
返すのは土曜の夜でいいから。
一緒に飯でも食べようぜ。」
そう言いつつ、三上は帰っていった。
「親友なんだ?」
と聞くサトル。
「ん、お前らみたいにな。」
車の準備はオッケー、でも、その夜中から雨が落ち始め、翌日には
大雨になった。
****************
11月24日は、北は北海道と南は沖縄を除く、日本のほとんどの
地方で雨が降っていた。
昼飯を食べながら、四人はボーッと空を見上げていた。
「東京千葉方面も雨マークだったよ・・・」
「明日も全国的に雨だって・・・」
カナデとシノブが力無く言う。
「晴れるかもしれないだろ。」
「雨降ってたって行くんだし、空いていいかもな。
シノブ、ミナセと堂々と相合傘ができるぞ。」
シノブがほっぺたを膨らませて言い返す。
「なんで僕にだけ言うの?
じゃー、みんなはしないんだ?」
「ばーか、するに決まってんじゃん。」
「肩も抱けるしな、ジョーシキ。」
「なんだよー、二人してーーー」
本当はみんな心の中では天気のことを心配しているのだ。
いくら相合傘ができたって、雨じゃ楽しさが半減してしまう。
でも、こんな会話をしているうちに、心配したってしょうがない、
運を天に任せて、雨なら雨の楽しみがあるって、思えた。
****************
11月25日(金)
「じゃあ、今日はこれで終了。
起立、礼。
又、来週な。」
淀川はファイルやノートを持って教室を出て行った。
サトル、カナデ、ヒビキ、シノブの4人は、鞄を掴むと一目散に
教室を飛び出した。
「シノブ、後で迎えに行く、ミナセのマンションだろ?」
「うん、じゃ、後で。」
シノブは傘をさして、雨の中を駆けていく。
ヒビキとカナデ、サトルは高梨家へと向かう。
その後ろを少し遅れて、淀川が歩いている。
今年新卒で教職についた新米教師に、教育委員会は用が無いらしい。
それにしても・・・
朝礼の時にはすでに委員会のお偉方が来ていて、淀川も普段とは
違ってボタンダウンのシャツにネクタイなんかしていた。
いつもは出したままのシャツをインにして、こげ茶のベルトを締めていた。
ほっそりした腰が強調され、サトルはなんだか面白くない気分だ。
(そんな格好、するなよーー。
他のやつらに見せるんじゃねー・・・
それにしても、まさか、あのまま行くんじゃねーだろーな。)
なんとなく気になって、ちらちら後ろを振り返ってしまう。
「なんだ、サトル、そんなに気になるんなら、一緒に歩いたら
どうだ?」
ヒビキが後ろを顎でしゃくって言う。
「こんな人目につく所で、一緒に歩けるか!」
ごく一部の人には知られているのだが、学校にばれると淀川に処分が下り、
どこか遠くの学校に飛ばされる可能性が高い。
「お前らはいいよなーー、一緒に住んでんだもんなーー」
「でも、サトルだって最近はいつも、週末はお泊りじゃ
なかったっけ?」
「まーな。」
「淀川、よく許可したな。」
「もちろん、ずっと泊まるのはだめだって、
母親が帰ってくる前には家に帰れって、言われてた。
でも、マサシが高熱出したことがあってな。
熱で潤んだ目で、(いいから帰れ)って言われて、帰れる訳
ないじゃん。
元々扁桃腺腫らして熱出しやすい、って言ってたし、結局完全に
熱が下がるまで、3日もかかって・・・ほら、ちょうど、終業式
の日、あの夜からだったから、俺も母親に、知り合いが病気で
付いてるから、帰らないってメール入れて。それから、やっぱり、
これからも、泊まりたいって言って話し合ってさ。
マサシが出した条件を飲むってことで、
それから週末はほとんど泊まってる。」
「なんだよ、その条件って?」
「ひとつ、宿題を忘れない。
ふたつ、テストで赤点を取らない。
元々テストなんて、いつも赤点ぎりぎりだったから、
夏休みは淀川のところでみっちり勉強させられた。
どっちかひとつでもできなかったら、もう卒業まで
泊まらせないって言われてるからな。」
「そっかー、それで最近はちゃんと宿題してきてるんだ。」
「当たり前だろ、卒業まで泊まれなくなるより、勉強した
方がましだ。」
****************
高梨家で着替えをし、カナデが作っておいてくれた昼食を、
ちょっとだけ摘む。
シノブとツカサと一緒に車で食べられるよう、あとはお弁当にした。
「ちょっと、洗面所、使わせてくれないか?」
淀川がカナデに聞く。
「うん、どうぞ」
ザーッと手を洗う音、そして、暫くして出てきた淀川は、
細い銀縁のメガネをかけていた。
「先生、目、悪かったのか?」
「初めて見た、メガネかけてるの。
なんか、コスプレの時のサトルと似てる・・・」
カナデがくすっと笑いながら言い、淀川がちょっと赤くなる。
「そのメガネ、見たことねー。」
サトルがブスッとして言う。
「最近新しくしたんだ。
オオトモ、この間来た時、机の上にあっただろ?」
「でも、違うのかけてたじゃねーか。
(何だよー、こっちのメガネのほうがちょっと大人っぽいな・・・)」
「長時間運転するときは、メガネのほうが楽だからな。」
と言っている淀川の綺麗な横顔を見て、
いつもと違った雰囲気に、サトルは内心どきどきしていた。
荷物を用意し、車に乗り込む。
降り続いていた雨は、心なしか、幾分雨脚が弱まったようだ。
高梨家から、シノブのマンションなら、目を瞑ったって案内できる。
サトルの指示で、淀川はシノブのマンションから目と鼻の先の、
ツカサのマンションに車を付ける。
電話を入れると二人はすぐに降りてきた。
ツカサは今日、朝8時からの早出。
11時まで仕事をした後急いで帰って来て、シャワーの後着替えて、
ぎりぎり間に合った。
今の現場はちょっと遠い。
いつもは雨だと休みになるのだが、ちょっと工事が遅れているらしく、
今日は雨の中、働いてきたのだった。
シノブは自分の家で着替えた後、貰ってる合鍵を使い、ツカサの部屋で
帰りを待っていた。
本当は昼食の用意をしようと思っていたが、朝練に行くヒビキと一緒に
起きて、カナデがみんなの分を作ると言ってくれたので、それに甘える
ことにした。
カナデは料理が上手だ。
今日作ってくれたおにぎりも、固くもなく、かといって崩れてしまうほど
柔らかくもなく、ちょうどいい加減に握られている。
厚焼き玉子もきれいに焼けているし、栄養のバランスを考えて、
ブロッコリーやプチトマトもたくさん添えられていた。
みんなでしばしの昼食タイム。
運転している淀川に、サトルが食べさせてやっている。
運転席の淀川、助手席のサトル、
その後ろにヒビキとカナデが座り、一番後ろにツカサとシノブが座っている。
車は国道へと向かっていた。
昼食の後は自然にまぶたが重くなる。
「ツカサは仕事してきて疲れてるんだから、寝ていいよ。」
シノブが自分の膝を叩きながら言う。
準備万端、タオルケットまで持参してきている。
「ミナセ、俺たちに気兼ねしないで、寝ていいぞ。」
ヒビキが言う。
「そうか、でも、悪いな・・・」
そう言うツカサの頭を無理やり自分の腿に乗せ、シノブはタオルケットを
掛けてやっている。
車の振動に揺られ、5分とたたない内に、ツカサはすぅすぅと寝息を立て始めた。
シノブはその寝顔を見ながら、時々髪の毛に触ったり、背中を撫でたりして
いたが、背凭れに頭を乗せて、いつしか夢の中へ・・・
ヒビキとカナデも頭をくっつけ合って眠ってしまった。
起きているのはドライバーの淀川と、ナビゲーターのサトルだけだ。
そろそろ国道へ入る頃だ。
ここら辺りまでなら、何とか分るが、ここから先は地図が頼りだ。
地図と標識を見ながら指示を出すサトル。
三上がにやりとして、ナビ、よろしく頼むといった意味が、
ようやく分った。
淀川は、半端じゃない、超ド級の、方向音痴だったんだ・・・
お前はどこへ行くつもりなんだと、聞きたくなるほど、
右折を左折し、一方通行を逆走行し、袋小路に突っ込み・・・
よくどこにもぶつけないで運転しているものだと感心するほど
・・・って、感心している場合じゃねーーー!
なんだよーー、この、とんでもない方向音痴!!!
本人が言っていた様に、運転自体は本当に安定してるんだよな、
と独り言を呟くと、それを聞いていた淀川が、フフッと笑って、
「15の時から運転してるからな。」
と言う。
「家の手伝いをしてたんだ。
と言っても、同じ道を往復して、荷物を運ぶだけだったから、
道に迷うこともなかったけどな。
18の誕生日の後すぐに教習所に通い始めて、ちょうど
一ヶ月で免許取った。
それに、大学の時、短期留学したイギリスで、フランスに
連れて行かれて、ラリーに参加させられたことがあってな。
終わった後、プロのテストチームに入らないかって声掛け
られた。」
「マジかよ。道理で・・・」
「どうしようか迷ったんだけど、日本に帰ってきて正解だったな。
お前に逢えたし。」
こういうことを言われると、なんか、調子狂うんだよな・・・
嬉し恥ずかし、サトルは言葉を返せない。
外を見ると、いつの間にか雨が上がって、風は強いものの、
雲の切れ間から時々太陽が顔を覗かせている。
その後も淀川は、ことごとくサトルの指示を無視するかのように、
降りなくていい高速を降り、曲がらなくていい道を曲がり・・・
このままどうなることかと思ったが、何とか、浦安地区に入り、
ディズニーランドの表示が見える。
慎重に指示を出し、ようやくシンデレラ城や、遠くにディズニーシーの
火山が見えてきた。
今日はランドだけだけど、いつかはシーにも行ってみたいと、
みんな思って・・・ないか・・・
後の四人は爆睡中だもんな・・・。
「はぁーーー」
脱力したようにサトルが溜息をついた。
「なんだよ」
「ようやく着いたって、ホッとした。」
「そうだよなー、オオトモ、いいナビだったな。
ずうっと前に、三上とは、富士山に行くつもりが、
仙台に行っちまったからな。」
「はぁ〜?
富士山と仙台って・・・ものすごーく離れてるぞ。
どうやって運転したらそうなるんだ・・・」
「まあ、それはそれで、楽しかったけどな。
でも、三上、彼女をバイト先に迎えに行く約束してたんだよ。
夜9時の予定が、帰り着いたのが、朝の9時だったからな。
オレ、三上と一緒に謝りに行ったっけ。」
「・・・・・
マサシ、俺に感謝しろ。
ディズニーランドに行くつもりが、ユニバーサルスタジオに
着いてたかも知れないんだからな。」
「あ、有り得るな、それ、あはは。」
「笑い事じゃねーーー!!」
駐車場に車を入れる。
これで駐車したら、もう後は歩いてゲートに向かうだけだ。
見えてる所に自分の足で歩いて行くんだから、いくら何でも
迷いっこない。
サトルは心の底から安心した。
そして淀川に向かって言った。
「いいか、絶対に!、一人で車を運転するなよ。
二度と家に帰れなくなるぞ。」
****************
「おーーい、着いたぞーー。」
「起きろーー。雨上がってるぞーーー。」
二人の声でまず、シノブがパッチリ目を開けた。寝起きはいいほうなのだ。
「あれっ、もう着いたんだ。早かったねー。
さすが、先生、運転上手いんだね。」
道に迷った事も、高速を変な所で降りた事も、後の四人は知らない。
「着いたの?
あーー、なんかぐっすり眠っちゃった。
先生、サトル、ごめんね。」
カナデが目を擦りながらいう。
「二人には悪いけど、これで夜まで体力十分だな。」
ヒビキもあくび混じりに言う。
「オレはすでに、気力体力共に、使い果たした気がする・・・」
口の中で呟くサトルだった。
シノブの膝枕で眠っていたツカサが最後に目を覚ました。
「さ、必要なものだけ持って、行くぞ。」
淀川が後ろを向いて言うと・・後にいるシノブが窓の外を見つめて
ボロボロ涙を流して泣いていた。
「どうしたんだ、ハシモト?」
みんな一斉にシノブを見る。
シノブは答えない。
ツカサがそっとシノブの肩を抱く。
「思い出したのか?・・・
みんな心配してるぞ。
話していいか?」
シノブが泣きながら頷く。
「シノブ、小6の時に、親父さんとディズニーランドに来る予定が、
急な仕事で来られなくなって、一人で電車に乗って、ここまで
来たことがあるんだ。
でも回りはみんな家族とか友達連れで、一人で中に入れなく
て、そのまま又、電車に乗って家へ帰った。
その時のことを思い出したんだよ、な?」
シノブは頷きながら、鞄からタオルを取り出して、ぐしぐし顔を拭った。
しゃくり上げながら、途切れ途切れに話し出す。
「あ・・のさ・・、あの・・時・・、とっ・・ても、かなし・く・・て、
でも・・・、今・・日は、みんなと・・いっ・・・しょ・・で、
ツカサもいっ・・しょ・・・で、
うれ・・・しく・・て・・」
タオルを顔に押し当てて泣いている。
ツカサが頭をポンポンと叩く。
「もう泣くな、今日は楽しいぞ。
シノブのその記憶に上書きすればいい。」
みんなもシノブの気持ちは十分分る。
多分、日本で最大のエンターテイメントパークである、
東京ディズニーランド。
この6人にはここでの楽しい思い出がない。
来たことはあるのに、楽しめなかったヒビキとカナデ、
連れて行ってと言い出せなかっただろう、サトルとツカサ、
淀川だって、色んなことがあってディズニーランドに行くなんて、
考えたこともなかった。
「今、こうして来られて、楽しめない訳ないじゃん。
このメンバーだしな。」
「やっぱ、オレたちラッキーだよね。
雨も上がって、これで楽しめるね。」
「シノブ、幸せで涙出たんだろーー。」
「さーー。行くぞ。」
みんなの優しい眼差し。
シノブはもう一度顔を拭いて、ズズッと鼻をかんでから、
にっこり笑った。
「お待たせ。
さ、行こう。」
車のドアが開いて、6人が外に出る。
****************
サトルが、そのまま行くのかと心配した淀川の服装だが、
サンドベージュのパンツに、オフホワイトのボタンダウンの
シャツはそのままで、ネクタイをはずし、襟元のボタンを
一つ緩め、ブルーグレーのトレーナーに黒のナイロンジャケットを
羽織っている。
足元は黒のアイリッシュセッター。
元々淀川が気に入って履いていたのだが、サトルがどうしても
欲しいと言い出し、色違いでならと言うことで、サトルはレッドの
アイリッシュセッターを購入。
今日はさりげなく、足元だけがお揃いだ。
サトルは濃いグレーのTシャツにグリーン系のチェックのシャツ、
その上にくすんだオレンジのダウンベストを着て、少し下げ気味に
穿いているヴィンテージジーンズは、あちこち穴が開いている。
「オオトモ、ジーンズの穴から、下着が見えてるぞ・・・」
不機嫌そうに言う淀川に、
「中身が見えてるんじゃねーから、イーだろー」
と返すサトル。
「まったくお前ってやつは・・・」
がっくり肩を落とす淀川の背中に向かって、
サトルは“ベェー”っと舌を出した。
(マサシだって、今日は学校でみんなに、その細い腰を
見せ付けてたじゃーねか。
これでおあいこだ!)
二人の会話を苦笑しながら聞いているヒビキとカナデ、
双子とはいえ、私服を着ているとまったく似ていないように見える。
この二人も靴だけが色違いのお揃いで、ナイキのレザースニーカーの、
ヒビキが濃紺で、カナデがオレンジ。
お洒落とは言い難いラングラーのジーンズも、ヒビキが穿くとかっこいい。
白いTシャツの上に、濃い青と黒の大きめチェックのシャツを羽織り、
その上に黒のライダースジャケットを着込んでいる。
シンプルなシルバーのヘッドが付いた、黒いレザーのチョーカーと、
カナデとお揃いのレザーブレスは、今日もしている。
カナデは明るい茶色のコーデュロイのジャケット、ワインカラーの
カレッジTシャツを黒いTシャツの上に重ねて、下はカーキのカーゴパンツ。
もちろんカナデもレザーブレスをしている。
ツカサは、黒とごく薄いグレーに、龍の刺繍の入ったスカジャン。
リーバイス501を思い切り低い位置で腰穿きし、アディダスの
黒のスニーカー、左手の人差し指に、シルバーとターコイズのリングを
している。
派手なスカジャンが、ツカサにはとても似合っていた。
シノブは、ヒッコリーのストレートパンツ、やっぱり裾が長すぎて
しまうので、折り返して穿いている。
クリーム色のシャツの上に、白の厚手のフード付きパーカー、そこには黒で、
ミッキーマウスのシルエットだけが大きく描かれていた。
コンバースオールスターのバスケットシューズに、黒のキャップを被り、
ボディバッグを背負っている。
シノブのパーカーのフードの端には、小さく何か文字が書かれているのだが、
それを見た淀川がシノブに声を掛ける。
「ハシモト、お前のパーカーのフードに書いてある文字、
間違ってないか?」
「えっ、これ、お父さんがこの間、出張のお土産で買って来て
くれたんだけど、もしかして、なんちゃって物だったの?」
フードを引っ張って文字を見ようとしているシノブに、
淀川が笑いながら言う。
「I love Mickey、て書いてあるけど、
I love Tsukasa、の間違い、だろ?」
「先生までそんなこと・・・・・」
シノブは首まで真っ赤になった。
(これだから、シノブをからかうのは、止められないんだよなー)
シノブ以外の全員が心で、同じことを思っていた・・・
|