竜の巣
竜の巣・4
ブース内では少女がかしこまっていた。ぺこりとお辞儀をする。少しふっくらした、健康的な女子高生だった。
「髪が多いんです。クセもあるし……あの、矯正とか、できませんか」
癖はひたいのごく一部の生え際のみで、大きな問題ではない。髪の量は確かに多いが、カットの仕方でいくらでもカバーできる。弘田は少女に一冊のファイルを見せた。客と店長、会社の許可を得て独自に撮りためたスタイルカタログの一部だ。
「こちらの方は、お客様とほぼ同じ髪質の方です。矯正せずにこのように仕上がります。スタイルは約三か月間キープできます。お手入れも楽ですよ」
これで納得することはまずない。広がる髪には化学反応を利用する施術か、すくしかないと思い込んでいる。
「でもお、友達が、ここの系列のお店でやってもらって、サラサラになったんです。お金ならあります。予約すれば、やってもらえるんですか?」
本人が望んでいるのだから矯正してもいい。繁忙期でスタッフも揃っている。時間は店長が捻出するし、弘田も十代からこの仕事をしているのだ。割り振りはいくらでもできる。だが、この少女には矯正など必要ない。
弘田は鏡を通して少女に微笑みかけ、事実のみを伝えた。
「縮毛矯正しか方法がないのであれば、いたします。髪の量はカットで減らせます。お客様の癖は、前髪の生え際……こちらの、この部分だけです。生え方を生かせば軽いボディパーマをかけたようになり、アレンジの幅も出ますよ」
少女は少しふくれながらファイルを見た。写真は素人の弘田が作ったカタログは飾り気はないが、真実しか写していない。
理想と折り合いをつけ始めたのか、少女はファイルを真剣に見ている。
「あの……ほんとに、三か月もつんですか? いつもすいてもらってたからか、一か月もすると広がっちゃいます。だから伸ばしてました。ボディパーマって、可愛い子しか似合わないんじゃ……」
「一か月で崩れるようにカットをしてご来店の回数を増やすことは可能ですが、髪も傷みますし、いい方法だとは思いません。前髪の癖を生かしたスタイルは、きっとお似合いになりますよ」
少女は顔をピンクに染め、「お願いします」と言った。小さな声が可愛らしかった。
一見客の少女が、店の外で弘田に手を振った。跳ねるように歩いていく。
『短くして顔があんまり丸く見えないの、初めてです。前髪、いいですね。次は友達と一緒に来ます』
服を守るケープを外したとき、少女は快活に言った。伸ばすこと自体にこだわりがなかったため、ショートヘアをすすめた。つり銭を受け取る際、小声で「初詣、クラスの男子と行くんです」と言った。
予定時間より早く終わり、到着していた次の予約客をブースに通させる。店長が弘田の脇腹を小突いた。
「矯正できたのに、ばかだなお前は」
真の小言ではない。目も口もとも笑っている。
「店長もあの元気のいい髪を触れば、同じことをするでしょう」
「俺の問題じゃないだろ。腕はいいんだから、もっと押しが強くなれ。年が明けたら、個人サロンもリキ入れていけよ」
「はい」
竹を割ったような性格だが、店長も職人肌だ。弘田が得意とするカット技術は海外研修で知ったものだが、その研修は店長が社長と直談判して実現した。弘田が個人サロンを開く際にも助言を惜しまず、経理に明るい人物も紹介してくれた。
予約客も順調にはけそうだ。弘田は自然な笑顔でブースに入った。