竜の巣
竜の巣・2
「おれはな、男抱いたこと、ねえんだよ」
父は赤黒い唇の端を高く上げ、弘田の頬を軽く叩いた。
「母ちゃんの口紅、借りようぜ。気分出したいだろ」
鏡台の引き出しを開ける音がする。逃げるなら今しかない。上体を起こそうとしたが、肘で支えるのがやっとだった。天井も壁も畳も回転している。
畳の上に口紅とコールドクリームの瓶が置かれた。父が全裸になる。酒焼けで顔から胸が常に朱色なのだが、今夜は真っ赤になっていた。
父が弘田の服を引きはがす。弘田にまたがって口紅のキャップをとった。容器をひねってローズピンクの口紅を出す。弘田の唇に、紅の先が触れた。
「じっとしてろよ。可愛くしてやるからな」
笑う父に口紅を塗られた。母は紅筆を使っているが、今はハンドバッグに入れてスナックに行っている。口紅を直接塗るのは下品なのだと、雑誌に書いてあった。どういうわけか涙があふれた。
「泣くことねえだろ。ほうら、きれいになったぞ」
鏡台を見るように指差される。揺れる鏡に、見たことのない自分がいた。
引き出しを開けるときに鏡を隠す布も上げておいたのだろう。鏡に映る弘田は父に乗られ、半泣きで口を開いている。色のついた唇は、父を誘っているようだった。
「思ったとおりだ。色っぽいな」
父がコールドクリームを指にとる。そのまま後ろに突き立てられた。指だとわかっていても、焼けるような痛みがある。
「いたっ……!」
「我慢しろ。これから指よりでかいのが入るんだ」
指は一度入っただけだった。すぐに抜かれ、熱く、ふくれたものがあてがわれる。
「やめて……父さん。いやだ」
「運が悪いんだ、あきらめろ。女よりそそるツラで、おれみたいな男の身内になっちまったんだから、な」
弘田が悲鳴をあげる。逃げる体が押さえつけられる。耳もとで荒い呼吸がした。ああ、とか、うっ、という声もする。太くて硬いものは根元までねじ入れられ、泣いても叫んでも抜かれることはなかった。
何度も何度も、乱暴に打ちつけられた。突かれるたびにわめく弘田を、父が殴りつけた。歯を喰いしばって声を殺すと、いい子だと言って頭を撫でた。
「こりゃいいな、たまんねえ。なあヒロ……自分のツラ、見てみろや」
鏡台を見る。破瓜のために女の子が泣いている。泣いているが、頬が染まっていた。化粧した若い女が男に抱かれて泣いている。小さな悲鳴の中に、変な声をひそませながら。
「感じてんだろ。お前のがおれの腹、打ってるぜ。やらしいな、ヒロは」
嘘だと思いたかった。しかし弘田のものは若さを主張していた。こんなのは嫌だ。嘘だ。もう一度鏡を見る。
父の背中には竜の入れ墨があった。腰を使い、体を前後に動かすたびに竜が踊る。天を翔けるはずの竜が、地上で獲物をむさぼっている。
「いいかヒロ。ずっと見てろよ。おれがいいって言うまで、あの鏡を見てるんだ」
裸電球が照らす狭い部屋で、竜に喰われていく。痛い。脳天まで突き抜ける痛みがある。それなのに、あれが出そうなのは何故だろう。
最初の限界がきた。精を散らした直後に体をうつ伏せにされる。傷ついたところを容赦なく割られて、畳をかきむしる爪が割れた。
ここは竜の餌場だ。怖い生きものの巣だ。化粧をされた弘田が、集落を荒らす竜の生け贄になっている。
鏡台の鏡に切り取られた異様な景色は、十六年の歳月を経て、思いもかけない方法で追いかけてきた。