竜の巣
竜の巣・1 ※ 暴力表現・暴力的な性描写があります ※
嫌な予感は当たるためにある。
自宅の居間で、十六歳の弘田は畳に突き飛ばされていた。ふすまは開け放されており、玄関には鍵がかけられていない。居間にも奥の部屋にも小さな窓があるが、立て付けが悪くてすぐには開かない。サッシが細かい砂をかんでいるからだ。
今夜あたりこうなる気はしていた。だから少ない荷物で駅に走ったのだ。あと少しで改札というところで命運が尽きた。大家兼網元の家の軽トラックを無断で使った父につかまり、家に連れ戻された。
「ヒロ坊よお。女みてえなツラして、強情だなァ」
弘田は何度も玄関に向かって這うのだが、そのたびに頬を張られ、頭を殴られ、腹を蹴り上げられる。
トラックから引きずり降ろされたときから大声で助けを呼んでいた。今夜は悪天候ではあったが、隣家に声が聞こえないほどの風雨ではない。助けてと叫び続けた。
もがいて抵抗して、父の腹を蹴った。襟首をつかまれて引き上げられる。頭から壁に叩きつけられた。口の端から赤い唾液が落ちる。また投げつけられてタンスにぶつかった。タンスが倒れ、ふすまが外れる。日本人形が入ったガラスケースが割れた。玄関に近い居間は、大地震にあったようになった。
奥の間に蹴り入れられる。髪をつかまれ、顔を父に向けさせられた。
「きれいな顔だよなあ。色っぽい目だし、肌のきめが細かいな。白くてすべすべしてる。お前の母ちゃんよりきれいだ」
細く切れ上がった目に見据えられる。父の頭上では裸電球が揺れて、光と闇が交錯していた。闇になると、父の目が光って見えた。
キスをされると思ったが、父は玄関を見た。息も絶え絶えの弘田も見る。かすむ目がとらえたものは、大家の弟の姿だった。
大家の家は車で十分ほどのところにある。大家一家と弟一家、数人の漁師見習いが住む、大きな家だ。父が無断で使った軽トラックを回収しにきたらしい。
父に組み敷かれた弘田を見ても、大家の弟は「うわっ」と小さく言っただけだった。
「た、たすけ」
弘田の言葉は、父の平手打ちで遮られた。頭が痛い。目の奥にも鈍い痛みがある。腹も痛くて吐いてしまいそうだ。
玄関から大家の弟が消えた。トラックのエンジンがかかる音がする。
あのトラックは交番へは行かないだろう。服の端から入れ墨を覗かせて乱暴の限りを尽くす弘田の父と、誰も関わりたくはない。
弘田から抵抗する気力が失せた。どうにもならないのだ。この町にいる限り。父と暮らしている限り。
「ようやく観念したか」
父の顔が近くなった。酒臭い口が弘田の唇を奪う。頬をつかんで口を開けさせ、舌を入れてかき回してくる。
母が隣町のスナックに勤めるようになって、一か月が過ぎようとしていた。このひと月の間、気がつくと父……母の内縁の夫が、弘田の枕もとにいた。一度など、弘田の胸を撫で回していたこともある。弘田が飛び起きても、父はにやにやするだけだった。
『ヒロの顔が女みたいにきれいだから、つい、な』
笑ってふすまの向こうに戻る父を、怯えた目で見ることしかできなかった。
弘田には女性的なところがある。婦人雑誌が好きだし、暴力は大の苦手だ。取っ組み合いの喧嘩など、ただの一度もしたことがない。かといって、学校や近所の女の子と仲良くするわけではなかった。
弘田が好きになるのは男だ。同性の級友に宛てて書いては捨てたラブレターの数は二桁になる。ブラウン管に映る端麗な男優に胸をときめかせた。女の子が男優の切り抜き記事を持つのが羨ましかった。弘田も古本屋で買った雑誌を切り抜いたことがある。切り抜いてみたものの、持ち歩くことなどできなかった。男の弘田が持っていたら、間違いなくいじめられる。
父がこの家に来てから、一家は疎まれていた。級友も口をきかなくなった。
「しっかりシゴけよ、ヒロ坊」
好きな男優を思い浮かべてキスに耐えていたら、手を握られた。父の下着の中に入れさせられる。弘田は畳の目を見ながら、機械的に手を動かした。
「もういい。しゃぶれ」
目をつぶって父の股間に顔を埋める。臭いと異物感で胃液が喉まで上がってくる。両手で頭をつかまれ、喉の奥まで突き入れられた。切れた口中が痛い。あごもこめかみも痛い。息が苦しくて気が遠くなる。何の前触れもなく男根が抜かれた。
下半身裸の父が天井を見る。ちらつく灯りに舌打ちし、電球のかさを押さえた。